とにかくこの衝撃作にガツンとやられてほしい。阿部真央、デビュー10周年を経て、前作『YOU』から約2年ぶりにリリースされるアルバム『まだいけます』。前作は他アーティストとのコラボでも音楽性に幅を広げたが、今作はうって変わって〈アコースティック・ギターと歌〉という阿部真央の軸を再び研ぎ澄ませた印象。1曲目の「dark side」から弾き語りの一発録りで、〈あなたの中の私はもう息をしてないわ〉と唄い上げるオルタナティヴな曲調にまずは度肝を抜かれるのだが、続く「お前が求める私なんか全部壊してやる」の捲し立てるような歌詞と曲調は、さらに聴いているだけで嵐に巻き込まれるような激しさ。まるでジェットコースターのようなエンタメ感満載の幕開けから、渾身のバラード「今夜は眠るまで」、ちょっぴりコミカルな弾き語りソング「おもしろい彼氏」も含め、阿部真央の真骨頂と呼べる全11曲。取材で語ってくれた昨年秋の弾き語りツアーを経た自信など、今の彼女の強さは強がりじゃなくて本物だ。開き直って笑っている様も最高じゃないか。ここからも阿部真央、まだまだいけます!
(これは『音楽と人』2020年2月号に掲載された記事です)
また素晴らしいアルバムを聴かせていただきました。10周年という節目を経た阿部真央が、どういう作品を出すのか?ということにも向き合って作られたのかなと思ったんですが。
「そうですね、2019年はたくさんライヴをやらせてもらったのと、秋に弾き語りのツアーをやらせてもらったことが大きかったですね。『弾き語りすごく良かったよ』という声をたくさんいただいて、そもそも私の曲は歌が真ん中にあって、歌を引き立たせるためのバンドなんだってことを弾き語りツアーで思い出して。なので今回はレコーディングをする時に、今までは自分の歌録りは最後にしていたんですけど、仮歌もバンドさんと一緒に『せーの!』でやって。そこにそのままの勢いで歌を乗せてっていう作り方をしました。弾き語りにしても今までギターも歌も別で録ってたんですけど、今回は一発録り。だからピッチが揺れてたりギターの演奏が甘いところもあるんですけど、弾き語りツアーでだいぶ自信をもらったので、ちょっと間違えても〈これが良さだ〉と信じて唄いました。そういう意味では、この10年というより、ここ1年で得たものが大きかったです」
そこで弾き語りを軸にした阿部真央ならではの気迫や生々しさが出た作品になったんですね。もともと〈原点回帰〉の弾き語りツアーをやるという目的は何だったんですか。
「10周年でいろいろとやってきた中で、今までと違うことをやりたいということで一昨年の段階で『弾き語りのツアーがやりたいんですよね』とお願いをしていました。私、バンドは組んでないからシンガーソングライターとして甘っちょろく見られるのが嫌だったというか。一昨年はライヴハウスでもホールでもその空間に応じたライヴができるというのを見せたかったし、次は弾き語りでどこまで行けるのか?というのを試したくて。弾き語りでも楽しんでもらえたら私はライヴに自信が持てる、と思った。私はライヴがいいと言われるアーティストになりたいから、そこにチャレンジしようと。だから弾き語りのツアーが始まる前まで、上手くいくかわからなくて不安でした」
なんか意外! ずっとライヴに自信があると思ってた。
「全然ない! だから弾き語りツアーでも最初のほうはガチガチで、やっと東京公演ぐらい、最後の2、3本で安定し始めた。それこそ10周年アーティストだから失敗したくないという気持ちもあるし。〈弾き語りは微妙だね〉ってレッテルを貼られても嫌だなって。前に弾き語りツアーをやった時は本数も少なかったですし、今はそれから時を経て弾き語りの良さやライヴに来てくれる人のありがたみも年々感じてるから、踏み出すのが怖かったんです。失敗しちゃいけないっていう、気持ちに引っ張られちゃうからプレッシャーが全然今までと違いました」
ソロシンガーの方はアコースティック・コーナーになるとリラックス感が出がちなんだけど、阿部真央の弾き語りだとより鋭く突き刺さるような表現になるのがさすがだなと。自分の良さも弾き語りツアーの中であらためて実感しながら?
「良さっていうとおこがましいけど、そこに強みがあるのかなと思いました。弾き語りツアーで得られたものがなかったら〈dark side〉という曲をアルバムの1曲目には持ってこなかったし、一発録りはしなかったですよね」
「dark side」に関しては1曲目に入れようと思って作った曲?
「というより、アルバムのタイトルを『dark side』にしようと思って作っていたんです。でも、いざアルバムのタイトルを発表しようとなった時に土壇場で『dark side』ってちょっとどうなんだろう……って(笑)。暗めのアルバムにしようとは思ってたんだけど、タイトルとしては私が出すには普通だし、引っかからないかも、どうしようどうしようってなった時に〈まだいけます〉っていう曲もできてたから、え、ちょっと待って、〈まだいけます〉とか?って。私ひらがなのタイトル好きだしいいかなって」
10周年が終わったけど『まだいけます』って感じ?
「ね、上手くハマったでしょ(笑)。ほんとはそういう意味じゃなかったんだけど。アルバムタイトルとしてハマっちゃったんです。だから結果、良かったですね」
ダークな側面だけでなく鋭い切れ味もありつつ、ポップとしての強度もある作品になりましたね。
「いいんじゃないかな。好きですね、このアルバム。売れてほしいって思ったことはあんまないけど……あっはっはっは!」
あっはっはが出たよ(笑)。
「売れるとめんどくさいかなとか考えちゃうんで(笑)。10周年の幕開けとしてはすごく良いアルバムができました」
特に最初の3曲のパンチ力すごいです。
「でも、悩んだよ。最初は〈dark side〉じゃなくて〈お前が求める私なんか全部壊してやる〉を1曲目にしようと思ってたんです」
それもすごいですね(笑)。
「インパクトがあるでしょう? ただ、それで曲順を考えていくと〈dark side〉を入れるところがなくて。でも〈dark side〉を1曲目にすると、次の〈お前が求める〜〉にも幻想を壊すというテーマで繋がってるし。コードも一緒だから聴きやすいのでこういう並びにしました。弾き語りの曲が終わって2曲目が始まると脅かしの要素もあるからいいよね(笑)」
脅かしって(笑)。1曲目、2曲目に通じているテーマは?
「虚像を壊したいってことですね。1曲目は抱かれた虚像に対する虚しさを唄っていて。2曲目はあなたが求めている私なんて全部壊します、わがままな部分を出していきます、どうぞ傷ついてください、っていう曲。でも、〈お前が求める私なんか全部壊してやる〉ってフレーズを思いついたの、ヤマハの駐車場で車庫入れしている時なんだよね」
え、そんな時に曲って出てくるもの?
「そう(笑)。ハンドル切り返してピーピーってバックしてる時に。だから全然、怒ってたとかそういうわけじゃないの」