8枚目のオリジナル・アルバム『Sanctuary』には、そのタイトルにあるように、他人の目を気にして生きる時代の中で、自分自身のサンクチュアリを持つことが大切だ、というメッセージが込められている。そしてそれは、彼自身が自分に言い聞かせていることでもあるのだ。
思えば彼の音楽性は、まったく時代や流行に寄り添うことなく、己の道を歩んできた。形容するなら、洋楽に強く影響を受けたソウルフルなシンガーソングライター、だろうが、その裏に、日本の歌謡曲への深い憧憬も併せ持つ。それが独特の存在感を生み出している……というか、こんな王道かつひねくれたアプローチをしているミュージシャン、他には存在しないのだ。だから居場所を作るしかない。それがサンクチュアリ=聖域となる。中田裕二という人間が生み出したものを認め合う、そんな場所。彼はこの作品でそれを作り上げた。君は比べるもののない唯一の存在なんだ。彼の歌はそう語りかけている。
(これは『音楽と人』2019年6月号に掲載された記事です)
マザー牧場の写真、いいね。
「楽しかった! 羊と戯れる、今までにない写真じゃないかな」
でも中田裕二はセクシーでないと……。
「まだ言うか(笑)」
白シャツ着て、第3ボタンまで開ければ完璧だから、君は。
「次回はやってあげましょう(笑)」
冗談ぽく強調してますが、そこは魅力なんですよ。ルックスだけじゃなく、声や楽曲も含めて。
「そういうところがあるのはわかります」
でもあなた、知っててそっちに行かないじゃないですか。
「やりたいのは決してそれだけじゃないですからね」
バンドやってた頃も〈すべてのロック幻想を受け止める〉とぶち上げて、周囲の期待を大きくさせて、メジャー・デビューが決まったら、まったく違うアプローチに走ってロックから離れ……。
「ああ懐かしい(笑)。若かったなあ、俺」
なんか、自分らしさが見つからなくて、これじゃない、いやまだこうじゃないはずって、ずっと探し続けてる感じ。でも今回のアルバム、いい意味でバランスがとれてるんですよ。中田裕二のスタンダードになった、とでもいうか。
「あの、今まではきれいな曲線になってない作品が多かったんですよ。自分で聴いてても、どこか引っかかっちゃうところがあった。でも今回は、すごくきれいにできたと思ってて。きれいなんだけど、中身はエグい。ツルツルで光っててきれいなんだけど、触ってみたら泥団子(笑)」
きれいにしようとしたのはどんなところですか?
「最後まですらっと聴けるようにこだわったんです。だからかなり聴きやすい。でも内容的には重苦しい」
歌詞に世相が強く反映されてますよね。
「そうなんですよ。政治的とかそういうことじゃなくて、行き詰まってる空気感が、今の自分と重なったというか」
だからせめてサウンドは、聴き心地のいいものにしようと。
「そうだったのかもね。なるべく洋楽のクオリティに近づけたかった」
洋楽のクオリティって、どんなところを指すんですか?
「かぶれてるわけじゃないけど、洋楽には落ち着きを感じるんです。音楽への愛情もあると思うけど、どっしりした包容力があって、どのジャンルもリアリティを感じる。俺が好きなのはビンテージソウル系のシンガーソングライターだけど、みんな今の世相を捉えつつ、温故知新がすごくある」
だから新しいけど、どこか懐かしい。
「それを俺もずっと目指しているところですけど……だから俺は居酒屋に行くんですよ!」
よくわからん(笑)。
「連載でもよく行きますけど、最近の若い人たちも昭和の匂いがする居酒屋とか、立ち呑みとか好きじゃないですか。どんなに今どきっぽい顔してても、そういうのが根っこにある」
でもそういう温故知新と同時に、世相を切り取ってる人って、少ないんですよ。
「少ないですね(笑)。ていうか今どきっていう感覚がわかんなくなってる。でも時代感は感じてんだよ。わかる?」
わかります。じゃあ世間の空気って、今、どんなものだと思ってますか?
「目に見えないモヤモヤがずっと渦巻いてる感じ。単純に言うと、わかりやすい夢がないよね(笑)。あとシェア戦争」
シェア戦争(笑)。
「うん。なんでもSNSで共有するから、日常に情報がどこまでも入り込んでくる。だから絶対不可侵な、聖域みたいなものを各自が意識的に作らないと、どんどん心が荒んでいく」