淡い色の洋服をまとまったアユニ・Dが登場し、新作「意地と光」収録の「ラブリーベイビー」からライヴは始まった。彼女の表情も歌声もとても穏やかで、演奏することの楽しさがステージ上から伝わってくる。9月24日から始まった全国25都市27会場を廻る〈ラブ&ピースツアー〉。その最終地点となったZepp Hanedaに立つ彼女を見ながら、このロングツアーの充実っぷりを感じずにはいられなかった。
順調に進んでいくと思った矢先、3曲目の「音楽」でベースの音が出なくなる機材トラブルが発生。すかさずハンドマイクに切り替え、ステージ最前まで出ていき身体をよじらせながら唄い上げるアユニ。今の自分にできることを精一杯やろうとする姿は頼もしく、バンドのフロントマンとして着実に進化してきた歩みを見せつけるような場面にフロアも大興奮。その後も、最近はあまり演奏されていなかった初期の頃の曲や最新作「意地と光」の曲などを交えながら、この場所に集まってくれた人といい時間を過ごしたいという思いがヒシヒシ伝わるようなプレイが続いていった。人とのコミュニケーションが苦手なアユニがバンドを組み、真ん中に立って楽器を鳴らし歌を唄う。そこには大きなプレッシャーや苦悩も当然あった。それでも最後に彼女はこう客席に伝えた。「音楽が好きだけど、それ以上に人が好きだってことに気づいたツアーだった」。
このツアーはPEDRO、そしてアユニ・Dにとてつもなくポジティヴなものをもたらしたんじゃないか。そんな予想をしながら取材をオファー。すると、アユニの心境はこちらの予想と大きく違っていたし、インタビューも思わぬ方向へ転がっていった。ただ、現状に満足せずに悶々と悩み続けるから彼女は成長していける。その先で生まれる音楽をこれからも楽しみに期待したい。
ツアーを終えて、今はどんな気持ちですか?
「安心してます。去年の9月から始まって、終わるのは1月だったので、先が見えなくてちょっと怖いなって思ってたんです。BiSH解散後の1年半でいろいろありすぎて、自分の曲を好きになれなかったり、人前に出るのが怖くなった時期もあったりして。それがまだ残ってたらどうしよう、ダメな方向に行ったらどうしようって思ってたんですけど、無事、昔の自分よりいい方向にいきました」
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ファイナルのZepp Hanedaは1曲目からすごく楽しそうでした。
「そうだったと思います。ツアーの最後が大阪と東京で、大阪はちょっと変な気合いの入り方しちゃってたんです。このツアーを走り切った姿をどれだけ見せられるか、自分との命がけの勝負だ!みたいな感覚で挑んじゃったところがあって」
肩に力が入りすぎていたと。
「すごく楽しかったんですけど、〈誰も私に話しかけるなよ〉って入り込みすぎてしまって。あとでひさ子さん(田淵ひさ子/ギター)とゆーまおさん(ドラム)から、ちょっと怖すぎた、みたいなことを言われました。で、自分の意地を見せつけるだけのライヴも違うよなって反省して、ツアーファイナルはもっと楽しげにというか。PEDROの曲が好きっていう気持ちをちゃんと出そうって、自分の中でテーマを変えて挑みました」
すごくいい状態でライヴがスタートして。ただ、3曲目の「音楽」でベースの音が出なくなり。
「ああ……すいません」
謝ることじゃないです(笑)。その時もすぐにベースを弾くのはやめて、ハンドマイクでステージの前まで出てきて盛り上げていたじゃないですか。いい状態でライヴに臨めていたから、ああいう臨機応変な対応ができたのかなって思いました。
「うーん、どうでしょうね。あの瞬間だけは無我夢中で、気づいたらああなっちゃったっていう感じです。けっこう戸惑ったんですよ。でも演奏を一旦止めて切り替えるような、リーダーシップをとれる性格でもないから」
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あの場でできることを精一杯やろうとしている姿にグッときましたよ。
「本当ですか? 今でもあの日のライヴはけっこう引きずってます」
そうなんですか?
「ハンドマイクを持った時って勢いだったんですよね。今できることはこれしかないなって。でもやり終わったあと、〈こういうのじゃないんだよな〉って自分で思っちゃったんです。自分が思い描いてるロックスターではない盛り上げ方をしちゃったので」
ああいう場面でもっとクールにキメたかった?
「はい。そういう理想像があるんでしょうね。なのに、ああいったパフォーマンスをして……でもたしかに見てくれた人から『あれはアユニちゃんらしい』って言われたので。あれはあれでよかったのかな? でもな……」
そうやってグルグル引きずってると(笑)。でも機材トラブルが解消されてからは、引きずることもなく、むしろなおさらこのステージを楽しまなきゃっていう気持ちが表れてたように感じました。
「そうですね。集中力切れずにはやれました。たぶんちょっと前の自分だったらあそこで集中力が切れて、そのまま落ち込んだライヴをやっちゃってたかもしれないんですけど、このツアーで心身ともに鍛えられたと思います。ここで挫けたら自分のことが嫌いになるのはわかってたので挫けないように。それに目の前にいる人に一番いいことをしたいっていうのがあったので、みなさんのおかげでやれましたね」
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ライヴの中盤では最近はあまりやってなかった初期の曲をけっこう披露してましたね。その時には「過去の曲をやるのが怖かった」という発言もありましたが。
「BiSH解散をきっかけにっていうのもあったんですけど、もう昔の自分とは違うんだ、今の自分が新しく作った曲たちだけでやっていくぞ、みたいな感覚がずっとあったんです。それに昔書いた曲を聴き直すと言葉が理解できない時があって。それって今の自分が唄って意味あるのかな?って悩んで、ライヴでやるのをけっこう控えてたというか。でもこのツアーで昔の曲をやってみたら、自分が思ってる以上に〈この曲って自分じゃん!〉って改めて感じられて」
聴き直した時よりもライヴで唄ってみたら違和感がなかったと。
「好きな言葉だ、好きな音だ、ってすぐ思えて。でもそれは、その曲をやって喜んでくれるお客さんが目の前にいてくれたっていうことがすごく大きくて。私はなんでこの曲たちを封印しようとしてたんだろうって反省しました。本当に曲たちが救われた感覚がすごくあったので。それでツアーファイナルでも何曲か昔の曲をやりました」
それまでは自分の過去と決別したかった、みたいな感じなんですか?
「ああ、そうだと思います。昔の自分じゃなくて、純粋に進化した今の自分だけを見てほしいって思ってたんだと思います。というか、今の自分ってもっとカッコいいと思い込んでたんです。それで外に出てみたら、全然ダサかった(笑)。結局何もひとりじゃできなくて、自分のしょうもなさを思い知って。この1年半、めちゃくちゃ変わろうとしたけど、結局何も変われなかったので。たぶんみなさん生きてきて、人生のどこかで〈人間って変われないんだなって〉思う瞬間があると思うんですけど、それが私にとってはこのツアーでした」
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どんなところが変われなかったですか?
「もう全部ですね。見た目も中身も、好きなことも嫌いなものも。何、自分探ししようとしてたんだろうって。今ここに本物の自分がいるんじゃないか!ってやっとわかりました」
それは喜ばしいことですか? それともちょっと残念ですか?
「ふふふ。悲しいから喜べるようにしないと、っていう感じです。そのためにも自分が今できることは、未来を見るだけじゃなくて、積み重ねてきた自分の歴史をちゃんと愛していくことだって痛感したので。だから今は昔の曲たちを一層抱きしめていこうって思ってます。みんなそうやって葛藤してるんだなって思いました」
だから音楽を作ってるのもありますよね? そういう自分の葛藤を曲にして、受け入れてもらったり、いいねって言ってもらえると肯定できるというか。
「安心するんでしょうね」
それが音楽をやっている一番の理由だったりしますか?
「前まではそうでした。生きてることに安心したくて音楽をやってたんですけど、今はちょっと変わってきていて……」
というと?
「安心するためだけの音楽でいいのか?っていう。例えば苦楽を歌詞にしてそれを聴いた人が、〈アユニちゃんもこういう気持ちなんだ〉って安心してもらえたり、自分の曲で人を救いたいっていう気持ちがあったんですけど、今は年齢も重ねて、音楽をやってきた年数も重ねてきて、もっと音楽的な実験もやっていかないといけないんじゃないかって思っていて。そういう壁に今ぶつかってます」
スキル的な部分でもっと進化していきたいと。
「……はい。自分のベースは上手くないので、自分ができる範囲のことしか今はできてなくて。でももっと『音楽カッコいい』って言ってもらえるステージに行きたいって思ってます。もっといろんな人に曲を聴いてほしいし、ライヴに来てもらえたらうれしいですし。やっぱり、動員的に埋められなかった会場もあるので……」
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もちろん数字も大切だし、音楽的な進化を求めることも当然だと思いますけど、アユニさんの好きなものやその時々の感情を素直に音楽にしていくほうが、PEDROの魅力は出るんじゃないかなって気はしますが。
「うう〜〜。きっと周りのいろんな方々もそう言われるだろうなって未来もわかってるんです(笑)。でもカッコいい曲ばっかり聴いてると普通に落ち込んで〈自分は何をやってるんだろう〉っていうフェーズに入っちゃって。ここ2週間ぐらいずっとそうなんです。なんか、みんな言葉巧みじゃないですか。技術もすごいし。こんながむしゃらだけが取り柄みたいな奴はちっぽけなんだなって思っちゃったりして」
ふふふ。やっぱり生きるのが不器用なアユニ・Dの人生が音楽になっているのがいいと思うんですよ。それこそトラブルがあってもクールには対応できない。でもそのがむしゃらさに心を打たれるし、それが滲む音楽にファンの人も励まされているし。
「ありがとうございます。そんなふうに言っていただけると、このまま信じてやっていいんだって思います。今まであんまりライヴに友達とか呼ばなかったんですけど、ちょっとカッコつけちゃおうと思ってHanedaの日は友達を誘ったんです。なのにあんな姿を見せちゃって……〈こんな奴でもバンドやってんのか〉って思われたらどうしようとか思って怖くて」
今日はネガティヴが爆発してますね(笑)。自分でも「音楽が好きだけど、それ以上に人が好きだってことに気づいたツアーだった」って言ってたじゃないですか。
「ああ、そうですね。自分が今まで作ってきた曲や音楽に向き合っていく中で、〈なんで人前に立ってるんだろう〉とか〈なんで音楽をやってるんだろう〉って、これまでやってきたことを疑っちゃう瞬間が多々あって。その時に毎回たどり着くのが人だったんですよね。私の音楽を聴きに来てくれる人がいて、その人からパワーをもらえる。冷静に考えたらそれって本当に奇跡的なことだなって気づいて。普段は上手く喋れないし、苦手なことも多いぶん、音楽というものを通して人と楽しい時間を一緒に過ごしたり、見知らぬ人と出会ったり、見知らぬ土地ですてきな思い出を作れたり、そういうことができている。ベースがめちゃくちゃ好きだから音楽やってるとか口が裂けても言えないというか」
そんなことないですよ(笑)。
「それは本当にベーシストの人に申し訳ないから……もちろん楽器は楽しいし、巧みなカッコいい音楽を作れるに越したことはないけど、それができても誰にも届かなかったらきっと音楽のことを好きでいられなくなっちゃうんだろうなって。そう考えると、私はやっぱり人が好きだから音楽をやってるなって思ったので」
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アユニさんにとって音楽は誰かと自分をつないでくれるものっていうことですよね。
「はい。会いたい人がいるから音楽をやってるっていうのがあります」
だからそのままのアユニさんを音楽にしていくのがやっぱりいいと思います。バズを狙うとか、流行りの音楽を研究するとかではなくて。
「うう、そうですね……自分の内面を隠して別のことをやり出そうってなってたので、そうじゃないなって今日話してて思いました。ちゃんと本当の自分で外に出ようと思います。今あるものから逃げないで、人ともお仕事ともちゃんと向き合っていきたいです」
文=竹内陽香
写真=小杉歩
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NEW MINI ALBUM
『意地と光』
2024.11.06 RELEASE
- アンチ生活
- ラブリーベイビー
- 祝祭
- 明日天気になあれ
- hope
- キスをしよう
- 愛せ
〈PEDRO TOUR 2025「LITTLE HEAVEN TOUR」〉
4月15日(火) DIAMOND HALL【愛知】
4月23日(水) PENNY LANE24【北海道】
4月24日(木) Rensa【宮城】
5月1日(木) DRUM LOGOS【福岡】
5月2日(金) 高松オリーブホール【香川】
5月14日(水) Spotify O-EAST【東京】
6月5日(木) GORILLA HALL OSAKA【大阪】
6月13日(金) LIVE VANQUISH【広島】
7月6日(日) Output【沖縄】