長らく廃盤となっていたセカンド・アルバムの新録盤『痛快!ビッグハート維新'21』、同じく廃盤作品であった2004年作のミニアルバムに未発表曲を加えた『リズム&ビートニク'21&ヤングデイズソング』、さらに新曲とこれまで楽曲提供した作品のセルフトリビュートを収録したアルバム『ジャカジャーン!ブンブン!ドンドコ!イェー!』という3作品を、昨年12月にリリースした怒髪天。その後、〈上京30年生記念〉として行ったツアー〈古今東西、時をかける野郎ども〉では、これら3作品の楽曲を中心に、これまであまりライヴでプレイされなかったレア曲や50代になった今の彼らから生まれた歌たちを織り交ぜた3パターンのセットリストを準備して、全国を行脚した。丸3ヵ月に渡るツアーのファイナル、6月2日、3日の恵比寿リキッドルーム公演を今回観ることができたのだが、そこから見えてきたのは、怒髪天サウンドの裾野の広さと、〈ロック界のお楽しみ係〉という近年の彼らとは、またひと味違う新鮮なバンドの姿であった。
新たな発見と可能性をも感じさせたこのツアーの模様を収録したDVD作品(セットリストの違う3公演を完全収録)が、8月10日にリリースされるのに先立ち、メンバー4人に集まってもらい、今回のツアーを振り返ってもらった。あの頃の自分が教えてくれたこととは。
今回のツアーは、ファイナルのリキッドルーム2デイズを観させていただいたんですが、1日目の『痛快!ビッグハート維新'21』レコ発と2日目のライヴでは、みなさんのステージでの雰囲気が全然違いましたよね(笑)。
増子直純(ヴォーカル)「いやもうね、ほんと1日目はいろいろと大変だったから。2日目のほうが、普段のワンマンに近い感じはあったよね」
清水泰次(ベース)「セットリスト的に、1日目はすごい聴かせるというか、演奏をしっかりしないとって感じだったし、いつものパフォーマンスは絶対できない内容だったというか」
後半の4ヵ所はいずれも2デイズ公演でしたが、どの会場も1日目は緊張感がありましたか。
増子「やっぱり1日目は、曲を生で聴かせる、それがまず大前提であり、そこをちゃんとやらなきゃいけない感じはあったから、あんま余裕がないというかね」
上原子友康(ギター)「そうね。『ビッグハート〜』の頃は、ストレートにやるのがちょっとカッコ悪いみたいな。それこそ8ビートに対して、すごい恥ずかしいっていう気持ちがあって。だから今に比べて、16ビートとかハネてる曲が多くて」
坂詰克彦(ドラム)「やっぱ古い曲は、グルーヴやノリを出すのが非常に難しかったですねえ。なんで最初〈こりゃやべーな〉って思ってたんですけど、少しずつ良くなっていったんじゃないかと思うし、自分のスキルアップにも繋がったんじゃないか、なんてことを思ったりしまして、ええ」
今回のツアー、とくに1日目で感じたんですけど、怒髪天のこれまでのイメージとは違うタイプの曲が多くて、なんか新鮮なライヴだったんですよね。新しい怒髪天を見た、といいますか。まあ、やってるのは昔の曲なんですけど(笑)。
増子「信じられないかもしれないけど、当時は〈ダサいことはしたくない〉って本気で思ってたから(笑)」
一同「あははははは!」
増子「8ビートが極端に嫌で、アレンジをいじりまくってるから、ベースもドラムもアホみたいに動いてて、アンサンブルのバランスがとれてない。しかも、変にこだわって意外な展開をしすぎる傾向にあったしね。だから『ビッグハート〜』とか昔のやつは、唄いづらい曲がいっぱいあるんだよ」
清水「ベースがあれだけ動いてたら、ヴォーカルは唄いづらいよね。再録のレコーディングしながら、〈これ、歌は大変だな〉って思った(笑)」
増子「まあ、当時は自分がちゃんと唄えてないってことすらわかってなかった、っていうのにも気づかされたよね」
今の怒髪天のサウンドは基本的にシンプルですけど、実はいろんな要素が入っていて、裾野の広い音楽性を持ったバンドだと思うんです。
増子「でもそういう評価が全然ないんだよなぁ。まあ、見た目が楽器持った土木作業員だから、しょうがないんだけど」
上原子「あはははは! 昔言われたよね」
そうなんですか?
増子「10年ぐらい前かな? ネットに書かれてたんだよ。それ見て坂さん、『土木作業員じゃない、鳶だ』って言ってたけど(笑)」
坂さんは昔、蔦工をやってましたからね(笑)。で、再録盤や今回のツアーで、20年以上前にみなさんがいろいろトライしたことが、今の怒髪天の音楽性に繋がってるんだなとも思ったりもして。
増子「そう。まさにそうなんだよ」
清水「卵の卵みたいな、今の怒髪天の雛形の元になるような曲が『ビッグハート〜』にはいっぱい詰まってるよね。普通だったら、ここまでバラエティに富んだ曲はできないと思うんだけど、あの時にそれができるって思えちゃってるから、今もいろんな曲を友康さんが作ってくれてるし、それが成り立つバンドなんだなっていうのはあるかも」
増子「そうだね。曲の振り幅で言ったら、サザンより広いと思うよ、ほんとに。サザンも相当だけど、ハードコアとかパンクがあるぶん、うちらのほうがちょっと広いかもしんない」
友康さんの中で、これは怒髪天っぽくないな、みたいな禁じ手ってあったりするんですか?
上原子「今はなくなったかな。禁じ手っていうほどじゃないけど、昔だったら、例えばちょっと爽やかなメロディとかコード進行を避けてたこともあったんだけど、ある時期から、そういうのもちゃんと自分たちのものとして鳴らせるなって実感が出てきて。それに増子ちゃんが唄えばもうバッチリ怒髪天になるから(笑)」
増子「まあ昔は、自分じゃどうにも消化できないなって思って、『ちょっとこれ俺じゃないから、友康唄って』ってこともあったりしたけど」
「風の中のメモリー」とか。
増子「そうそう。でも〈風メモ〉は、1回くらいやりたかったね」
聴きたかったです! 今回やってませんもんね。
増子「全然関係ないところで入れるか。『すいません、やり忘れてました!』って(笑)」
上原子「あはははは! いきなり?」
ぜひお願いします! あと、再録盤の曲とここ最近の曲が遜色なく並ぶセットリストになってましたが、そこからはバンドの芯は当時から変わってないんだなということも思いましたよね。
上原子「ブルースだとか歌謡曲だとかが曲の根っこにあるものっていうのは、いまだにずっと変わってはいないからね。たださっき言ったみたいに、ストレートにやるのがちょっとカッコ悪いみたいな感覚で作ってた曲と、今の曲がセットリストで並んだ時に、同じテンションでできないだろうな?っていうのは最初あったのね。でも、やっていくうちに、意外と近づいたなって感覚はあって」
増子「あと今回のツアーで、〈ソウル東京〉の完成度の上がり方は著しかったよね。これはもう、いつどこでやっても恥ずかしくないくらいにガッチリ固まったと思う」
上原子「当時は、〈ソウル東京〉を20年後にツアーでやるとは思わなかったけどね(笑)。菊池さん(菊池茂夫/上京当時からの付き合いとなるフォトグラファー)は、『やってよ、〈ソウル東京〉』っていっつも言ってたけど」
増子「ほんと菊池さんだけだよ、そんなこと言ってたの」
上原子「ほんとそうだよね。そう言われるたびに『やらないよ、もう』なんて答えてたんだけど(笑)。それが、今回たくさんのお客さんに聴いてもらえるようになるなんてね」
この三部作が出た際のインタビューで増子さんは、「やっと曲を成仏させられる」といったようなことを言ってましたが、そのあたりに関してはいかがですか?
増子「それはひと通りできたんじゃない?」
上原子「うん。活動再開して20年以上経って、ようやく自分たちの過去にけじめをつけられたかなとは思ったよね。正直、活動休止直前に出した『ビッグハート〜』とか札幌時代の曲を改めてライヴでやるってことに、このツアーをやる前は少し抵抗があったんですよ。やりたくないってことじゃなくて、今やってることとちょっと違うというか、さすがにもうやらないだろうなと思ってた曲たちだったんで。でも、ツアーでやっていくうちに、大昔の曲に対して違和感とか抵抗がなくなったし。これからまたやっていくのもアリかなとも思いましたね」
増子「あと今回やったことを踏まえての新曲ができてくる気はするし、むしろそれも楽しみだよね」