『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点でお届けしていきます。今回はある場所に日帰り旅行をした若手編集者が、そこでの気付きを綴ります。
山や川、自然に触れたい。そんなふうにぼんやりと思っていた頃、SNSを眺めていたら甲府のとあるカフェの情報が流れてきた。そこでピンときたのだ。早速甲府についてリサーチしてみると、昇仙峡という渓谷や、美術館、喫茶店など魅力的なスポットがどんどん浮上してくる。これは行くしかない。ワクチン接種が済んだのも後押しとなり、先月日帰りで行ってきた。
当日の朝7時、バスタ新宿からバスで出発する。一人で計画を立てて遠出するのが久々だったのもあり、ワクワクして前日はほとんど眠れなかったがそんなことは気にならない。バスに揺られること2時間で甲府駅に到着した。
まずは駅からバスでおよそ40分で到着する、昇仙峡へ向かう。ここは、国の特別名勝にも指定され「日本一の渓谷美」とも呼ばれている観光名所。到着後、地元の観光ガイドのおじさんから聞いた見どころをもとに、最初はロープウェイに乗って山頂へ。着いてすぐの展望スペースからは富士山が見え、それはまるで水彩画のようにきれいなのだが、さらにそこから15分ほど進んだところにある、弥三郎岳の頂上にも向かう。木の根っこが張り巡らされているかと思えば岩場があったりと、本格的な登山道に苦戦し息があがったが、頂上から見えた周辺の山や甲府盆地、そして真っ青な空を前に気分は爽快。そしてロープウェイを降り、メインスポットとも言える仙娥滝(せんがだき)へ。ザーッと水しぶきをあげながら落下していくさまは迫力があり、なぜか背筋がピンと伸びる。どこか神聖で澄んだ空気に触れたあとは、渓谷沿いに続く遊歩道をひたすら下っていくのだが、その最中には覚円峰(かくえんぽう)と呼ばれる、花崗岩が風化水食しできた高さ約180メートルにも及ぶ巨大な岩や、川の流れによっていびつな形になった奇岩・奇石がたくさんあるのだ。そんな自然が生み出した造形に圧倒されながら黙々と歩き続ける中、平日だったせいもあり、車と人はほとんど通らず、山の中にほぼ一人きりの状態に。少し不安はあったけれど流れていく水の音が心地よく、気づけば仕事や日々のいろんなことを忘れて本当の意味でリフレッシュができたのだ。自然の音の力ってすごいのかもしれない、と思っているうちに無事にゴール地点となる長潭橋(ながとろばし)に到着し、およそ4キロにおよぶ道のりが終了したのだった。
汗びっしょり&ヘトヘトの状態でバスに乗り込み、甲府駅に戻ってからはカフェと喫茶店巡りにシフト。2軒巡って歩き疲れた身体を癒しつつ、もう一軒寄りたいところが。そこに行けば今回の旅の目的はクリア!と思いきや、実際に行ってみたらなんとまさかの早じまい。下調べの段階から一番楽しみにしていたお店だっただけに、けっこうショックだったけれどこれは仕方がない。ただ帰りのバスまでまだ時間があるのでどうしようかとトボトボ歩いていたところ、突然目の前に喫茶店が。まるで森の中に迷い込み、そこで唯一明かりが灯る家を見つけた時のような感覚とでも言おうか。この例えは大げさかもしれないけれど、とにかく薄暗くも温かく、ひっそりとしたたたずまいに惹かれたのだ。こじんまりとした店内に先客はいなかったが、お店のママが温かく迎えてくれた。ミルクティーを注文したあとに思い切って質問してみると、ここでお店を始めて47年経つのだそう。中でも、昔、喉が乾いたから水を飲ませてほしいとお店にやってきた子供が、大人になってからも当時のことを覚えていて、お店にまた遊びに来てくれたというエピソードが素敵だった。「長くお店をやっていると、こういうこともあるのよね。ふふふふ」と嬉しそうなママの表情が忘れられない。そのあとも甲府の昔と今の違いであったり、さまざまな話を聞かせてもらった。
20歳の時に初めて一人旅をした福井県でも、こうした地元の人たちに長年愛される喫茶店で、お店の人や常連さんと触れ合い、いろんな話をしたことを思い出す。それがきっかけで、自分の知らない土地について知る一番良い方法は、現地に住む人たちに聞いてみることなんじゃないかと思うようになった。そうやって街について知ることを通じて、普段の自分にはない視点をもたらしてもらえることが多く、視野が広がるような感覚にもなるのだ。今回の甲府も、喫茶店のママはもちろんのこと、昇仙峡で出会った観光ガイドのおじさんや、昇仙峡の四季ごとの魅力を教えてくれた売店のお姉さんなど、出会った人たちが皆親切にしてくれたことも思い出深い。コロナで遠出ができず、自然に触れたいと思って計画した今回の旅は、最終的に人の温かさに恵まれた時間だったし、私はどんな場所に行こうとそうやって誰かとの繋がりを求めていて、そこに旅の醍醐味を見出しているのだろうとも気づいた。
喫茶店のママとその後も話が盛り上がり、気づけばあっとう間に帰りのバスの時間が近づいていた。もう少しここにいたいなと、寂しい気持ちでいっぱいになったけれど、「東京から近いんだし、疲れたらまた休みにおいでね」とママが優しい笑顔で送り出してくれたことがとても嬉しく、満たされた心地で帰りのバスに乗り込んだ。また行こう、いや帰ろう。そう思える場所が増えたことが今は何よりも嬉しいし、まだまだ自分の知らない土地に足を運んで、いろんな景色をこの目で見て、そこにいる人たちの話を聞いてみたい。コロナで難しい部分もあるけれど、自分のできる範囲で少しずつ楽しんでいけたらなと思う。
文=青木里紗