『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点でお届けしていきます。今回は新潟出身の編集者が、とあるYouTuberから気付かされた大切なことについて綴ります。
ここ最近、『お耳に合いましたら。』というドラマにハマっている。主人公は、ポッドキャスト番組とチェンメシ(=チェーン店グルメ)をこよなく愛するOL・高村美園。美園は自分の気持ちを伝えるのが苦手で、仕事の会議中も発言できず、見かねた同僚に「喋る練習も兼ねてポッドキャスト配信をやってみたら?」と勧められたことをきっかけに、自宅でチェンメシ愛を語る配信番組を始める……というストーリー。
とにかく、主演の伊藤万理華の演技が素晴らしい。美園は配信を始めるまではオドオドしていたのに、買ってきたチェンメシの蓋を開けてその匂いを嗅いだ瞬間スイッチが入り、勢いよくそのチェンメシにまつわるエピソードを喋り倒すが、そのシーンが毎回圧巻なのだ。私もどちらかと言うとオタク気質なので、美園のように好きなことを話す時だけ興奮気味になったり、早口になってしまうのは猛烈に共感する。個人的には、隣に越してきた隣人に思い切って挨拶をする第3話が特に好きだけど、どの話数も今のところハズレがない。美園のように自分の世界に入り込んでいる人物を主人公にしていることで、好きなものをとことん好きでいることを肯定してくれるようにも感じ取れるし、美園が人として成長していく描写もしっかりと見せてくれるのがこの作品の良さだと思う。こんなふうに、『お耳に~』沼にどっぷり浸かっている私だが、遂には自分もポッドキャスト配信をやってみたくなったのだ。自分の場合、やるとしても美園と違って絶対に本名ではやらないけど。
しかし、自分が美園級に熱く話せることって何だろう?と思ったところで躓いた。音楽はそりゃあ好きだが、あくまで自分は音楽と人社の会社員なのであって、誌面やこのWEB以外で何かを発信したくないし、いくら匿名と言えど、それはしちゃいけないと思う。それに、どうせなら音楽とか映画とか大多数の人が好きなものではなく、どちらかと言えばニッチなものをテーマにしたい。だってそのほうが、例えば自分が聴く側だったら〈自分以外にこれを好きな人がいるのか!〉と親近感が感じられて、マイノリティー同士の絆が生まれたり、日常の中で心の拠り所のように感じてもらえるのではないかと思ったのだ。
そこで思いついたネタがいくつかあったのだが、まず一つ目はローカルCM。私は小学校高学年の頃からローカルCMの作り込まれてない隙のある感じが好きで、気に入ったローカルCMに出会っては地道に録画し続けていたら、ビデオテープ1本分(しかも2時間のテープを3倍録画に設定していたので6時間分)使い果たしたこともあった。しかし、私が熱く語れるのは地元・新潟のCMに限る。他県のものには思い入れがないからか、あまり興味がない。〈新潟のローカルCM〉というテーマじゃ、あまりにもニッチだし……あとは建築が好き。祖父が大工だったのと、神社やお寺が好きなことも相まって、私自身も宮大工になりたいと思ったことがあった。でも素人の建築話なんて何の発見もないだろうし、面白くないことは目に見えている。あと好きなものと言えば、お刺身。週4日以上食べないと気が済まないくらい……だったが、最近はそうでもない。実は先月引っ越しをしたが、家の近所に美味しい刺身を売っているところがなくて、美味しくないくせに高い魚を買うのは新潟の人間として許せないので、最近は全然食べてない。それでも意外と平気だし、自分の刺身愛もその程度かと思うと刺身をテーマにするのも違う気がしてきた。他にも好きなものを挙げればキリがないけど、いまいちどれもピンと来ない……とグルグル考えてるうちに、新潟愛を語るのはどうだろうかと思いついた。コロナ禍で帰省できないぶん地元愛は募る一方なので、熱く語れる自信はある。同じように新潟に帰れない人たちや、新潟に住んでいる人にとっても面白いものが作れたら……などと本気で配信を始めようかと考えたりもしたが、あと一歩のところで踏みとどまった。なぜかと言うと、新潟の魅力を発信する上でどうしても越えられない人が頭に浮かんだからだ。
その人は仮にAさんと呼ぶ。新潟在住の男性(確か40代後半)で、私がAさんを知ったきっかけは、2020年の1月頃に観た1本の動画だった。それはAさんが雪道の中、職場から帰宅する道中を収めたものだったが、そこで出てくる景色に驚いたのだ。それは、観光マップにも名前の挙がらないようなただの住宅地で、紛れもなく私の家の近所だったから。〈どういうこと!? この人はこのへんで仕事をしているの? 東京に居ながら、この景色を見られるなんて……!〉など興奮が収まらないまま、私は今までにAさんが上げた動画を一気見した。その日からほぼ毎日私はAさんの動画を見続けているが、当時はチャンネル登録者数が100人くらいだったのに、今や1500人を突破している。別に自分がAさんの古参ファンアピールをしたいわけではないが、Aさんの人となりを魅力的に思う人たちが増え続けていることが私自身とても嬉しいのだ。
Aさんは根っからの無邪気で、裏表のない正直な人だ。嫌なことがあればあからさまに落ち込みもする。私が一番グッときたのは、仕事でミスをして落ち込んだAさんが水族館に行った時、ゆらゆらと水中を泳ぐペンギンを見て「ペンギンもこういう気持ちになるのかな」と動画の中で呟いていたこと。酸いも甘いも経験してきたであろう大人から、こんなにもピュアな発言が出てくるなんて……と衝撃だった。あえて狙ったり、冗談気味に言ってるわけでもなく、本当に心の声が漏れた感じで生々しかったし、何となくだけど、会ったこともないこの人を信頼できると思った瞬間だった。Aさんは知れば知るほど面白い人で、おっちょこちょいなくせにチャレンジ精神旺盛なところもいい。そこらへんのホームセンターで買ってきたヘッドライト一つで鍾乳洞を探検して一度は断念してしまうし、Aさんが気になるお店に行けば大体定休日で、落ち込む姿を何度も見てきた。正直〈もう、しっかりしてよ~!〉と思ってしまうことも多々あったが、体当たりで行動するAさんはたまらなく愛おしいし、職業も世代も違うのに、自分も編集者として記事を作る上で好奇心や楽しむことを大切にしなきゃいけないな、などと学んだことも多い。
故郷の何気ない景色を届けてくれたり、仕事をする上で大事なことを気づかせてくれたり、Aさんにはこのコロナ禍で生き抜く力を沢山もらっている。だからいつになるかわからないけど、次に新潟に帰った時、偶然Aさんに会うことがあればお礼を言いたい。そんな偶然そうそうないだろうと思うかもしれないが、実は十分にあり得るのだ、というのも、Aさんの仕事はバスの運転手で、Aさんが担当している路線は私が何度も利用してきたもの。なので、一度はAさんが運転するバスに乗ったことがあるはずなのだ。とはいえ、万が一遭遇できたとしてもAさんからしたら仕事中なわけで、いきなり見ず知らずの人間に話しかけられても驚くと思う。Aさんは日頃から「いつでも僕に話しかけてください!」と視聴者に呼び掛けているが、何だか申し訳ない気持ちが拭えない。なので、せめてもの思いで、しっかりと目を見て心を込めて、降車時に「ありがとうございます」と言いたい。
何気ない言葉一つがどんなふうに受け取られるかわからない中で、何かしらの発信をすることに恐怖を感じることだってもちろんある。それでも自分は音楽やアーティストからもらった感動とかを発信していくことを諦めたくないので、この仕事をしている部分もある。美園やAさんを見ていると、そんな不安を吹き飛ばしてくれるし、誠実に一つ一つの記事(彼ら的に言えば配信?)に向き合っていけば、誰かしらに必ず、真っ直ぐに届くのだと思えてくる。ポッドキャストデビューはひとまず置いといて、2人を見習いつつ、これからも面白い記事作りを目指して、編集者としての仕事に誠実に取り組んでいきたい。
文=宇佐美裕世