心を揺さぶられたり、座右の銘となっている漫画、映画、小説などの1フレーズが誰しもあるはず。自身の中で名言となっている言葉をもとに、その作品について熱く語ってもらう連載コラム『言の葉クローバー』。今回は、音楽を作るうえで松本大洋の作品から大きな影響を受けているというハルカミライ橋本が登場。ヒーローのような存在感でステージに立つ橋本が憧れる『鉄コン筋クリート』のカッコよさと、それを象徴するセリフを紹介してくれました。
(これは『音楽と人』2025年3月号に掲載された記事です)
『鉄コン筋クリート』
お前がはしゃいでんだよ。俺の街でっ。俺のっ、街で。
作品紹介
『鉄コン筋クリート』松本大洋
暴力と退廃のはびこる宝町を縦横無尽に滑空する2人の少年、クロとシロの物語。古いヤクザの支配する地獄の街〈宝町〉で2人は支えあいながら生きているが、再開発という名目の暴力と退廃が押し寄せる。変わりゆく宝町で生き抜くことができるのか――1993年から1994年にかけて『ビッグコミックスピリッツ』にて連載。松本大洋の出世作であり、2006年にはアニメ映画化もされている。
『鉄コン筋クリート』は高校生の頃に初めて漫画を読みましたね。まず世界観が不思議で、会話も繋がらないところが多くて、ずっと行間を読み続けているんですよね。でもその感じが物語の奇妙さを助長させていて、それがすごくよかったんです。
舞台になっている宝町っていうのはヤクザも警察も浮浪者もいるような混沌とした街で、主人公のシロとクロは親がいなくて盗みとか暴力でその日暮らしをしている。現実ではヤクザなんてすごい恐ろしい存在じゃないですか。そういう力を持ってる者に対して街の子供たちが対等に渡り合っちゃってる。ちっちゃい時って最強になりたかったよな、みたいなワクワク感がくすぐられるんですよ。
今回選んだのは、街でやりたい放題やってるヤクザの事務所にクロがひとりで乗り込んだ時に言ったセリフなんですけど、ここのクロがめちゃくちゃカッコよくて。自分がそういうタイプじゃなかったから余計に悪ガキ感みたいなのにはずっと憧れがありますね。でもただ強くてカッコいいんじゃなくて、そこに哀愁があるんですよ。クロは人生に絶望してるからシロや街を守ることでしかアイデンティティを感じられない。そういう悲しいヒーローっていうのが、たまらないんです。
でも高校生の時にはそこまでわかってなかったっすね。20代後半ぐらいに漫画を読み直した時に〈うわ、高校ん時より刺さるわ〉みたいな感覚があって。自分も年齢を重ねて、人生っていろんなものを背負ったり抱えながら生きていくんだってわかって。それでより響くようになったのかな。強いからカッコいいっていうだけじゃない、悲しみがあるからカッコいいんだなって気づいたんですよね。
『鉄コン』って後半にかけて、だいぶ闇深くなっていくじゃないですか。シロが刺されたり、いろんな人が死んでいくところとか、けっこうキツくて。昔は暗いもんとかえぐいもんってあんま好きじゃなかったんですよ。でも今はえぐみを求めてるというか。よりえぐいほうが美しいって思うし、自分ものめり込んで楽しめますね。
音楽作る時もそうで。やっぱりいいこととか明るいことを唄うばかりじゃ説得力がない。えぐみとか影みたいな部分が入ってないと自分が納得できない。どっちも入ってないと許せないなって思います。
他にもいろいろ好きなものはあるんですけど、曲を作るうえで一番感化されるのは松本大洋さんの作品っすね。『鉄コン』もそうだけど、他の作品も行間を読ませるっていうのがすごくある。つらつらした文章じゃなく、説明をいかに少なくするかってところは、歌詞を書くうえでかなり影響を受けてます。