増子直純が「ただいま!」と叫べば、観客たちは両手を上げて「おかえり!」と返す。10月20日、ドハツの日特別公演となった渋谷クラブクアトロでは、この日が初披露だというのに、曲の終盤になるとこのような光景がいくつも見受けられた。怒髪天、3人体制になって初となる配信曲「エリア1020」。今この瞬間の、ライヴハウスの夢みたいな光景を唄い上げる曲は、考えてみれば初めてのことである。現在も続く〈ザ・リローデッドTOUR 2024〉の終盤を彩る祝祭の一曲が生まれたのは、記念すべき結成40周年がまったく予想外の事態から始まってしまった、という現実と無関係ではない。コンチクショウと乗り越える歌、負けてたまるかと歯を食いしばる歌は多々あったが、今はただ感謝と愛情を伝えたい。そのような境地に至った理由を、兄ィにたっぷり語ってもらった。
新曲「エリア1020」。〈エリアイチゼロニーゼロ〉と読みますが、最初は〈エリアドハツ〉なのかと思ってました。
「うん、まぁそういうことだよね」
界隈に向けたメッセージソングというか。
「うん。より広く届く大きなメッセージもいいんだろうけど、今は身近なところを大事にしたかったし。今回はまず、レンジの広い曲を作ろうかってことだけだった。あとは楽しい曲を。3人になって作る一発目だからね」
まず、ナニクソ的な反動から始まってないですよね。
「そうだね。優しい歩み寄りじゃないけど。嘘にならないギリギリで、こっちからのウェルカムな気持ちを曲にしようと思って。とはいえ〈いつも一緒にいるよ〉とか〈君のことはすべてわかってる〉みたいなこと唄っちゃうのは嘘じゃん」
言い切った(笑)。
「ああいう嘘はつきたくない。だけど愛情を持ってるんだよ、っていうことをちゃんと伝えたくはあって。そのへんのバランスを考えて作ってた」
舞台はライヴハウス、ステージとフロアの光景を唄ったものです。
「そう。〈ほんとにこの瞬間だけが!〉って思えるものを、演ってるほうも見てるほうも一緒になって作り上げる。すごく奇跡的なところだと思うんだよ。夢みたいな場所。最低限そんな場所がこの世の中にひとつあるって幸せなことだよ。今は政治的なことでも生活レベルでも、どんどん生きづらい世の中になってるけど、こっちは仮住まいだっていう発想の転換。それが心の中に一個あれば、もうちょっとやっていけるだろう。そんな願いの歌でもあるよね」
こっちが仮住まいで、ライヴの瞬間が〈現住所〉だと。このワードにはちょっとびっくりしました。
「ダサくていいなぁと思って。ははは! 俺らじゃなきゃできないバランスも、より俯瞰で見れるようになったところはあると思う」
どういうことですか?
「熱く、まっすぐで、ダサい。熱くてまっすぐはわりと簡単にできるけど、ロックのダサさ、その絶妙なバランス感はキーボードの音色ひとつ取っても変わってくるし。あと今回は〈ただいま!おかえり!〉っていうワードから始まる。ライヴでコール&レスポンスやれば絶対グッとくると思うけど、これ字面で見るとほんとダサいんだよね(笑)。さらに〈現住所〉だもん。一夜限りのライヴの、その瞬間だけの空間。それをファンタジーみたいに描くのは夢想家の考え方だよね。そこに〈現住所〉っていうリアリティのある言葉をくっつける。これはなかなかできないだろうと思うんだよね。まあ……他の奴らはやらんか」
若手なら〈ホームタウン〉くらいの言葉で表現するのかも。
「ね。でもそういうことじゃないんだよ。〈現住所〉なんだよ!」
あえて聞きますけど、ロックにダサさは必要ですか。
「うん。だってロックって、ダサいこと込み、だと思うんだよね。その時カッコいいなぁって思ってたものも、何年かしたらダサいじゃない。年代を感じるファッションとかも含めて好きなんだよね」
最近ロックに方向転換しているラッパーに取材したんですけど、どんどん熱く、拳を握るようなマインドに自分自身が変わっていくと話してくれましたね。要するにロックって、クールの反対側、恥ずかしさと紙一重になっていくことでもあるんだなと思って。
「絶対そうなるよ。〈HONKAI〉でも書いたけど、〈ロックに乗せりゃ叫べる!〉。ダッサい言葉も、熱いセリフも、普段口にしたらこいつ正気か?って思われるようなことまで乗せられる。それがやっぱりロックの大きな魅力だと思うんだよね。意味は同じだけど英語にして唄うとか、それってツルッとした、当たり障りのないものにする作業だよね。逆にもったいないよ。もっと恥ずかしいもの。正気じゃ言えないようなもの。そこにロックのロマンってあるよね」
よくわかります。実際に今、ライヴをやっていて〈ただいま!おかえり!〉を実感することってあります?
「いーっぱいある」
印象的な日って、たとえばどこかありました?
「やっぱ磔磔かな。磔磔で、コロナ禍に入ってすぐに配信でライヴやったじゃない。そこから次は声出しがOKになって。あの時の帰ってきた感、すごく嬉しかったね。あとはメンバー3人になってからのツアー。〈ここからどうするんだろう?〉ってところから始まって、ほんと乗り越えるしかなかった。そして、どうにかステージに立っていられるし、またやれるんだなって気持ちになったのも大きかった」
ツアーが始まったのは今年3月でした。当初、傍から見ていてもっともダメージを受けていたのは増子さんでしたけど。
「そうだね。倒れると思わんかった。やっぱりほら、繊細だから。ナイーヴなんだな。これ太文字で書いといて。生まれつきナイーヴなんだよなぁ、って」
くくくく。
「そういう人は自分で言わないよね。はははは! でも自分で思ってる以上に大きい出来事だったというか。そして、俺らが想像した以上に、みんなちゃんと事実を受け止めて、受け入れてくれた。それも嬉しかった」