制作に入る前に昔使ってたスタジオに入って、バンドでリハをやることからはじめたんです
まずは〈音楽に救われた〉というか、かつて好きだった音楽を聴くことで自分自身を取り戻していった、と。
「その次にリハビリテーションじゃないけど、新作の制作に入る前に肩慣らしとして昔使ってたスタジオに入って、バンドでリハをやるってことをはじめたんです。アマチュアの頃みたいに」
音楽を聴くことから演ることへ。最初はリハからのスタート。
「まず過去の曲からはじめて、そのあと、残ってた『another sky』の振替公演、お呼ばれしたイベントをやりながらバンドの感覚を取り戻していきました。ただ、いったんリハに入ると身体は覚えてるもので、すぐに『そう、これこれ!』って感じになりました」
ギターを抱えて唄う自分はもちろん、「このギター」「このドラム」「このベース」「このキーボード」って周囲はみんな知ってる音ですもんね。
「唄うのは最初ちょっと怖かったですけど、でもやってみるとやっぱり楽しくて。〈バンドって気持ちいいな〉ってことを再認識しましたよ」
まず自分の好きだった音楽を聴き、「バンドやりたい!」って気持ちが目覚め、昔の曲を演奏して「やっぱりバンド楽しいな」って感じる――話を聞くと段階的に快復してきたというか、なにか自分の過去のバンドへの目覚めを追体験してる感じもあります。
「あと、泣いても笑ってもどう転んでも仕事するしかないぞ、という気持ちはありましたね。ここではあえて仕事と言いますが〈もう俺にはそれしかないな〉っていう。〈だったら一丁やったろうやないか!〉と」
バンドに合流したとこから快復も早まってます。
「最初リハスタのリハビリは週1だったんですけど、すぐに週1じゃ物足りなくなりましたから。逆に週1くらいだとやったあとにロスが来るんです。バンドロス(笑)。だって次の週のリハまで何していいかわからないんですから」
もはやバンドジャンキー(笑)。それだけバンド活動を渇望していたってことですよね。
「で、リハを続けてるとだんだん欲が出てくるんです。ただバンドをやるだけじゃなくて、今年バンドをどう転がしていこうか考えるようになって」
そして次の段階として曲作りに入ります。今作も全11曲中5曲を作ってますけど、曲作りはいつスタートしたんですか?
「『another sky』の振替公演が終わったくらいですね。その時点で亀井くん得意の〈亀メロ〉曲が2~3曲あったので、〈じゃあ俺は攻め攻めの曲でもええんじゃない?〉って気持ちもありました。そんなんでよければいくらでも作れるんですよ(笑)」
もっと早うせいよって気もしますが、『新しい果実』での手応えもあったんでしょうね。
「あそこで評価してもらえたのが自信につながったと思います」
そして出てきた曲は攻め攻めと言いましたが、まさに攻撃的なものになりました。「雀の子」しかり。
「あれ僕がパイロットに選んだわけじゃないので、ビクターって攻撃的なレコード会社なんやなって思いましたね(笑)。曲はきっと病んだぶんの揉み返しが来てるんでしょう」
アルバムはバンドで一緒の高野勲さんがプロデュースを担当することになりました。
「今回もプロデューサーとしていろんな人の名前が挙がったんですけど、いまいちピンとくる人がいなくて。その時、高野勲氏というアイディアがポンと出て、〈ははぁ、それはありかも〉ってなって、今回は旗振り役をお願いすることにしました。もちろん今までも一緒にアレンジして作ってきたわけですけど、今回はあくまで引っ張ってもらう役として関わってもらったんです」
役割の変更はあるにせよ、レコーディングしてるメンツはいつもと変わってません。
「だからやり方もそう大きく変わってないですよ。ただ、プロデューサーとして頼まれたことで高野さんもいろんな手回しをしてバンドを転がしてくれたといいますか。これまでは一緒にアイディアとか出してても〈最終的には3人のバンドだから3人で決めなよ〉ってスタンスだったと思うんです。でも今回は〈俺がプロデューサーだからこういうふうにしていい? こういうのどう?〉って形で引っ張ってくれましたね」
今回はすごく特殊なパターンですけど、見方を変えれば20年以上一緒にやってきた高野さんの「実は俺、こういうGRAPEVINEが見たかったんだよね」っていう本音が聞ける機会だったと思います。
「具体的には話してないですけど、一緒に演奏してきた中でいろいろ思うことはあったでしょうし。それを今回僕らにやらせたかったところはあると思います」
高野さんはどんな部分を引き出してくれたと思います?
「今回ギターロック然としてるアレンジが多くて、けっこうロックアルバムやなって思うんです。前のアルバムは僕の曲が多かったこともあって、モード的にはアンビエントっぽかったり、ギターに関しても大人っぽい印象があって。それが高野さんは今回、僕と西川さんにもっとギターを弾かせようとしてたというか。バンド感の強いイメージを描いてたんじゃないかと思います」
その方向性は田中さん的にどうだったんですか?
「僕的には……前作から開き直りが出てきてて、さらにああいうこともあって、〈雀の子〉の歌詞じゃないけど〈放蕩中年/厚かましいなってきて〉るわけですよ(笑)。だからレコーディングでも言いたいことをバンバン言って。勲氏はそれを楽しんでくれて、そこに乗っかってくれた感じでしたね。だからいろいろ面白かったですよ」
厚かましくなったことも関係してるんでしょうけど、先月話してたように、直接的な歌詞が増えてます。「雀の子」の怒りだったり「SEX」の愛おしさとかダイレクトだなと感じました。
「今回はまわりくどい歌詞じゃなくて、剥き出しの感情的な歌のほうがいいなとは思ったんです」
それは結果的に感情的になってしまったのか、それとも今回は〈感情的な歌のほうが強い〉と判断したのか?
「本当のことを言うと、基本的に僕は感情的な表現に負けたくないんです。感傷とアートは別物と考えてるし、〈あくまで作品というものは夜中に書いた手紙ではイカン〉というモットーがありますからね。だから今回感情的な歌詞を書いてても当然めちゃくちゃ推敲してますし……自分的に〈感情的なものが強い〉という説は正直認めたくないんです」
そのへんは相変わらず意固地というか(笑)。作品に本能的な感傷は入れたくないというコダワリはありますよね。
「先月のインタビューでも言いましたけど、今回のアルバム、昨年の出来事を連想して聴く人が多いだろうってことは想像できるじゃないですか。なので去年の出来事に関しては一切触れないように書きました」
ただ、事件自体については触れなくても、その過程で経験した怒り、苦み、沸々とした誓いといった感情に関しては如実に作品に表れてます。
「僕らが作ってるのはあくまで作品であり、最終的にはフィクション。別に自分の身体を削って売ってるわけじゃない。ただし、今回は極力寓話性を混ぜずに書いたところはあります」
中年ならではの厚かましさは、そうした感情の直接的な発露に表れてますが、それに加えて音楽的ルーツの素直な表出にもつながってると思います。「Ready to get started?」はツインギターでグイグイ押すし、「実はもう熟れ」では中森明菜ちゃんまで登場。
「もう恥ずかしげもなくなってきてるというか……そういうことですよ(笑)」
「実はもう熟れ」と書いて〈ミ・アモーレ〉って……正直「雀の子」よりこっちのほうが衝撃的でした(笑)。個人的には、このアルバムの制作中にストリート・スライダーズの復活公演(註:5月3日@日本武道館)があったじゃないですか。あのライヴも本作に大きな影響を及ぼしてると思ったのですが。
「それこそスライダーズはストーンズの前に聴いてたバンドですからね! それがオリジナルメンバーで22年ぶりに復活ライヴをやるとなって武道館に観に行ったんですけど、これが解散前よりよかったんです。セットリストも大ヒットメドレーじゃなく、ファンを殺しに来てる気合いの入ったもので、〈その曲やる!?〉っていうのがいくつもあって。そういう意味では喰らいましたよ」