両親の中で経験したトラウマに悩まされてきた。でもそこから開放された時、やっと本当の人生が始まることを知った
で、ここでライヴの感想を初めて言いますけど。
「お願いします」
パーシモンホールで観た時もそうだったけど、1人でギターケース抱えて舞台に登場した瞬間、今まで会ったことがない森山直太朗がそこにいる感じがして。あれ、初めて会うよね?みたいな感じでした。
「ナイストゥーミーチュー(笑)」
あはは。でも本当にそういう感じだった。人の目を気にしない、何も取り繕ってない、自分の意志でこの場所に立ってる森山くんにやっと会えたような感覚があって。
「よかった。昨日なんて舞台出る時、真っ暗にするか素明かり(註:客席も含めた会場全体が明るい状態)にするかすごい迷ったんですよ。でも昨日は追加公演で打ち上げみたいなもんだから、素明かりでいくことにして」
自分で決めた演出なんだ。
「自作自演なんで恥ずかしいですよ。他にも〈僕らは死んでゆくのだけれど〉とかで間奏中に『ということでみなさん』とか喋ったりするのも本当に恥ずかしい(笑)。でもそういう自作自演をやったほうが、結果的に曲のよさが伝わるってことを、御徒町と〈曲をよく伝えるにはどうしたらいいんだろう〉っていうのを考えてきた長い年月が教えてくれるから」
で、弾き語りの前篇は、生々しい森山くんを受け止めるのに精一杯すぎて、逆に楽しむ余裕がなくて(笑)。
「あはははは!」
エンタメというよりもドキュメンタリーって感じで。でも、そこから中篇、後篇ってだんだんリサイタル的なステージになっていくと――。
「あれはもう自分の中で禊的な感覚なんですよ。本当はああいう茶番のような演出はしないっていう選択肢もあったけど」
ライヴ中に自分でとったメモには「悪ノリ」って書いてありました(笑)。
「あははははは! でも今でもああいう演出に後ろ髪ひかれてるし、引きずってるし。で、引きずっててもいいじゃんっていう気持ちもあって」
だからオールオッケーというか。森山くんがやりたいことをやりきったってことじゃないですか。誰かに言われてやってみたことじゃなくて。そういう4時間だった。
「あぁよかった。実は今までも曲ができた時点で〈これはこういうシチュエーションで唄いたいな〉とか〈この曲にはこういうふうな景色が見えるな〉とか自分の中にあったの。でもそれを言ってないだけで」
なんで言わなかったの?
「みんなとそういう関係だったから。〈俺が提案してもどうせ〉みたいな。それは僕がちゃんと伝えきれてないことに原因があるからなんだけど」
でもようやく自分の思ったことをそのまま言えるようになったことで生まれた舞台だと。
「そこが一番変わりましたよね。〈これ言ったら迷惑かな?〉とか〈忙しそうだからやめておくか〉みたいに気を遣うことより、自分のワガママを貫くことにしたわけで。これ、大阪公演のMCで言ったんだけど『舞台の上がこんなに心地よい場所だってことを僕は今まで知りませんでした』って」
……やっぱり可哀想だ(笑)。
「『今までは戦場だった』って。ずっと自分のことを他人事にしてきたからなんだけど」
で、ここからが本題なんですが、相手に合わせたり自分を押し殺してしまう性格は、自分の育ってきた環境が大きいと思ってますか?
「大きいと思ってます。それこそ父と母が離婚したり、環境が複雑なので、つねに人に気を遣いながら生きてきて。たぶん……俺がグレたらこの家族は崩壊するんだろうなとか、俺がここで母親に背くようなことを言うと、俺は孤立するんだろうなとか、そんなことを思ってました」
今までのインタビューでもその話がちらほら出てきたけど、やっぱり昨日みたいなライヴを観ると、この話は避けて通れないなって思ったんですよ。
「だから言ってしまうと、幼い頃から解決し得なかった気持ちみたいなものを、今になってようやく日常でも舞台上でどんどん外に出して行くようになったってことで」
昨日の舞台で「papa」を唄う森山くんは、今まで人前に出したことのない自分をさらけ出してるなって思いました。
「あの曲を唄う前の話もそうだし〈papa〉っていう曲もそうなんだけど、在りし日の自分と向き合ってるんですよ」
ちなみに「papa」に入る前のMCでお父さんのことを話してましたが。
「この100本のツアー――昨日を入れて101本の中で、〈素晴らしい世界〉と〈papa〉の前には必ず自分なりにMCをしてから唄ってきたんです。もちろんその時々で内容は変わりつつも、よくこんなに新鮮に言えるなって思うぐらい毎回その曲に対する思いを話して。しかも自分の話をしてから唄い出すと、心の中の不安みたいなものが晴れた状態になるんです」
「papa」っていう曲を書いたりMCでお父さんの話をしたりすることは、昔の自分じゃできなかった?
「できなかったし、やろうとも思わなかったです。これ、MCでも話したけど、僕のアイデンティティの根源が実は父親にあることに気づいたからできた曲で。自分の近しい人から唐突に『お父さん好きでしたか?』ってあっけらかんと聞かれた時……涙が止まらなかったんですよ。なぜなら父親とは9歳の頃に離れて以来、母親からもおばあちゃんからも『あなたのお父さんは……』みたいな感じで良いことを言わないわけですよ。でもそう言われても仕方がないほどだらしがない人だったし。愛嬌だけはあるんだけど」
そうなんだ。
「だから僕の愛嬌って、実は父親から受け継いでるもので。あと、僕がデビューしてからも、父親の見たくもない部分を見せられるようなこともあって、どんどん子供の頃の父親の記憶が上書きされてって。でも『好きでしたか?』って過去形で聞かれた時に『大好きでした』って答えたんです。小さい頃、親父と毎日いるのが楽しかったのを思い出して」
その記憶を唄ったのが「papa」で。
「そのことをずっと否定し続けて生きてたってことに気づいた途端、スルスルってできた曲だから。どれだけ自分の心に嘘をつき続けてきたのかっていう」
そういう身の上話をしてから「papa」を唄う森山くんを観て、〈ようやく幸せになれたね〉って。
「うん……。あの、今回のツアー、父親にも観てもらったんですけど……今までって僕のライヴとかテレビに出てるのを観ると『歌詞がよく聴こえない』とか『母親の話をしすぎだ』とか、文句を言いたがるんですよ。でも今回のツアーは旧渋公、LINE CUBE(SHIBUYA)に来てくれて」
本人の前で「papa」を唄ったと。
「そしたらライヴのあと『渋谷公会堂はパパとママが付き合う前に楽屋で初めて出会った場所で、そこで息子が唄ってるのをとても誇らしく思いました』って言われて。なんかそれで……こっちがちゃんと心を開くと、相手も開いてくれるんだなって。それをすごく実感したんです。それは父親だけじゃなくて、御徒町ともそうだし、いろんな人との狭間にあったしこりとか問題みたいなものがなくなることもわかって。実は一昨日の舞台の最後に、御徒町を呼び込んで詩の朗読をしてもらったんですよ。彼とは喧嘩別れしたわけじゃないけど、以前はあいつが作った舞台に立ってた自分が、自分の作った舞台に彼を立たせることができたことで、このツアーは結実したと思うんですよ。そういう意味で、100本ツアーっていうのは活動としての達成感もあるんだけど、その背景にある人間関係の物語がとてつもなく大きかった」
むしろ、そこが一番大事なツアーだったんじゃない?
「そうかも。そこがすべてかもしれない」
「papa」に限らず、自分らしくステージに立ってる森山くんがいて、しかも楽しそうだし、こっちを楽しませてくれるし。そういうライヴだったのは、今話してくれたことが背景にあったからなんでしょうね。
「でも100本やる時にはそんなことが起こるなんて予想してないし。たぶん100本を通して、過去の自分とひとつひとつさよならをしていくプロセスをたどったんだろうなって」
お父さんがご健在なうちに「papa」ができてよかったですね。会えなくなってからそういうことに気付かされる親子関係のほうが多いと思うから。
「そうですね。とにかく子供の頃の自分からしたら、びっくりするようなことがたくさんあった家庭なので。で、そういう家庭環境の中で芽生える自我というものがあって、そいつを年齢とともに少しずつ手放していく。それが人生なんだなって」
という実感があるわけですね。
「僕もまだその途中にいるんだけどね。あの両親の中で経験したトラウマに悩まされ、それで人を傷つけたり、恨んだり。で、そこからも開放された時に、やっと本当の人生が始まるっていう。今、僕はその真っ只中にいる。すべてをさらけ出してる。それが100本やったことのすべてなのかもしれない」
文=樋口靖幸
写真=鳥居洋介(ライヴ)
〈森山直太朗 20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』<番外篇> in 両国国技館〉
2024年3月16日(土)東京・両国国技館
ツアー特設サイト
NEW SINGLE
「ロマンティーク」
楽曲配信:2024.01.31 RELEASE
12インチアナログレコード盤:2024.02.28 RELEASE
SIDE A
1. ロマンティーク
SIDE B
1. ロマンティーク(Takuro Okada Remix)
2. ロマンティーク(弾き語り)