やっと混沌としたところから抜け出したのかな、なんて思ってほしくないから
あのー、それで不安ってないですか。
「全然ないです。何? どんな不安? 流行についていけないとか? アドレナリンがどうのとか? 引っ越す前は、それありましたね。すごく田舎くさくなるんじゃないかとか。だけど…………今はでも、こっちのほうがいいっていうか、もう住んじゃいましたからね(笑)。ただ、それは今回のアルバムの内容にも通じるテーマなんだけど、〈欲望などいらないよ〉っていう」
はい。「欲望」、ありますね。
「東京に住んでて便利なところっていうのは、べつになくたって死にやしないもんじゃないかなって思って。たとえば、すぐに流行の最先端の服が買えるとか、レコードがすぐ買えるとか。かわいい女の子がたくさんいるとか……断ち切ることができたらば、べつに要らないものじゃないですか、全部。生きてくことに何の不自由もないっていうか、欲望の対象でしかないのかなぁって」
それは言えてると思いますけどね。まあ、それは人とか仕事によるし、ミュージシャンもまたそれぞれだと思うんですけど――。
「やりたい音楽で住む場所も決められると思うんですよ。僕は……同じ生き物だったら、やっぱり、もっと自然に生きたいなぁと思って。すごく……同世代でイキイキしてる人が少なかったのね。東京に住んでて」
あの、そういう場所に移り住みたいと思い始めたのって、いつぐらいからですか。
「35ですね」
35。ずいぶん正確ですね(笑)。
「うん、だって休止した年だから。たしか35か36だと思う」
それまでは思ったことなかったですか。
「住みたいとは思わなかったなぁ。つか、住めないと思ってたし……おっと、待ってよ? 住みたいから解散したんじゃないよ!」
(笑)そりゃわかってますけど。
「ふふふふふ」
そうですか。あの、もう少しアルバムで聞きたいことがあるんですが……『at the BLACK HOLE』に付いてたDVDで、次は『at the BLACK HOLE 2』というタイトルにしてもいいと思ってると言ってたのですが。この『WHITE ROOM』ができた今はどう思いますか。
「っていうか、ホワイトっていう対極にある色をつけてること自体、もう『at theBLACK HOLE 2』だと思ってますんで。だから、べつにブラックホールから抜けたって自分は思ってなくて……うん、ずーっとブラックホールだと思うんですよ。やっぱり一寸先は闇だと思ってるんで。もう、ほんとにホワイトルームは、ブラックホールの中にある白い光、部屋っていうか。実際、発光はしないでしょうけどね、ブラックホールの中では。でも光があったっていうか。そこにすごく自分は魅力を感じるんですよ。〈やっと混沌としたところから抜け出したのかな〉なんて思ってほしくないっていうか」
「ほしくない」って、すごい断定(笑)。
「ふふ。だって人間って、そんなにコロコロ暗くなったり明るくなったりって……それ病気じゃん!ってなっちゃうから(笑)。じゃなくて、また歌の中にもあるけども、〈あの日満ち足りて起きた雪崩〉……っていうふうに思ってるんですよね(〈RAINBOW〉)。いつだって雪崩はやってくるっていうか。なんか……世の中っていうのは、うまくいかなかったり、ツラいことが基本だって思ってるんです、僕は。楽しいことが基本で〈あぁイヤなことがあった〉じゃなくて、逆なんだと。ツラいことの毎日の中に、楽しいことが起こるから素敵なんだと思ってるんですよ。だから…………今度は『BLACK HOLE 3』かもわかんないですよ(笑)」
続くのか……。
「じゃあお前、名前をブラックホールにすりゃいいじゃねぇかって(笑)。YOSHII BLACK HOLE! カッコいいなあ、なんか(笑)」
ただ、それでもあえて『WHITE ROOM』ってつけたところが、少しコマが進んでるのかなって気はしますけどね。
「ああ……そうだね。やっぱり……ひとつ言えるのは〈CALL ME〉でも唄ってるけども、自分が唄って、その歌を聴いてくれる人たちがいるっていう、それはすごく素晴らしいことで。で……自分でそういう認識をまた改めてしたっていうことに対しては、すごくほんと、白い光というか」
ああー、なるほど。その認識ができたのは、どういうところからですか。
「うん……自分のこれからの、言いたいこととか唄いたいこととか、鳴らす音っていうのが、こう、明確に肌で感じるようになってきたんですよね。それが自分と同じ価値観を……似たような、でもいいですけど、価値観を持ってる人に、感覚で伝わってくれれば。それも、わかりやすく、歌の中で一から説明しなくてもね、メロディとか言葉の選び方とかで伝わる……伝えられる歌が唄えそうだなと思ったんですよね。今回のアルバムの中の歌たちは、自分でそういう世界が作れたなと。明らかに今までにはなかった表現方法じゃないかなぁと思うんですけどね」
そうですか。それはきっと吉井さんにとって、すごい光明だったんですよね。
「うん……。あのね、今住んでるところの人たちが、すごく素朴で、優しいの。で……ひいき目に見られてとかじゃなくて、僕のことを知らないような人もね。おじいさん、おばあさんとか。そういう中で、まあたった数ヵ月、半年ぐらいしか住んでないんですけど……引っ越して、まだ歌詞は書いてたんですよ。そういう人たちにこそ、俺は伝える歌を唄えなきゃいけないんじゃないかなって、すごく思うようになってきて」
はい、はい。
「東京に住んでると、都会に対して唄うことばっかり考えるわけですよね! もう、なんていう大失敗だったんだろうっていうか。『田舎に住んでる少年少女のために、お前1回でもいいから歌を書いたことがあるか?』って言われたら、ないですよ。だけど……生活してるからね、そういうところで。やっぱりそっちに比重がだんだん変わってきたっていうか。もっと、だから……幅広く伝えていきたいというか。年齢、場所、問わずね」
またずいぶん変わったもんですね。
「変わったもんですねぇ。だって昔は、東京の渋谷の地下の、ここの!(笑)。この一部の人たちのために作ってたんですよ、僕は(笑)。だから残念ながら……もはやそういう特定の人たちのために曲を作ることは、たぶんないと思う。舞踏会のような(笑)」
舞踏会(笑)。今はもっと広がりを持って向けているということですね。
「そう。まあ、さっきの一部の人たちも、僕の新しい歌を気に入ってくれる人がいるかもしれない。日本人の……ひとりのミュージシャンとして……もう少し貢献したいんですね。世の中のために。と言ったら偉そうですけど……その、自分の考える、新しい大人のロックというか(笑)。具体的にそのヒントがだんだんつかめてきたので、今回ちょっと白い光が差したような気分になったっていう」
あの、その住んでるところでは、そんだけご近所付き合いしてるってことですか。
「うん、してますしてます。ご近所ないけど」
遠いんだ。
「うん(笑)。あと、同じように東京から移ってきた人もたくさんいて。僕と同じような理由だったりするんですけど、ひも解くと」
都会に疲れて、みたいな?
「うん。実はすごいお坊ちゃんだったりとか。ほんとは家を継がなきゃいけないんだけど、シカトして駆け落ちした夫婦もいるし」
そういう人たちに「おはようございます」とか言ったり?
「いや、もう、もちろんもちろん。もうスタンドのおじさんとも、とっても仲がいいし(笑)」
そこで気づかされたことって大きそうですよね。
「大きいですねえ。だから……本当に素晴らしい映画って、どんなとこに住んでる、どんな人が観たって、素晴らしいじゃないですか。そういう意味で僕は素晴らしい音楽を作りたいなって思うっていうか。ま、なかなか難しいですけどね。だからヘンに……こう、30代の前半ぐらいの人たちの世界の中に溶け込もうとしたりとかじゃなくて。今の自分のスタンスをストレートに音にした時に……もしかしたらその中に中学生とか、ね。今回〈CALL ME〉がそうだったんだけど、中学生とかが……〈学校の行き帰りに聴いてる〉とか、やたら聞くんですよ。あとは今までイエロー・モンキーとか知らなかったような中年の方とか、ちょっと芸術にうるさいような方とか。そういうリアクションが伝わってくるんですよね。あと、うれしいのは〈この人はほかの邦楽と違う〉っていうのをよく聞くんですけど。今のほかの邦楽と違うって。まあ裏を返すと昔っぽいのかもしれないけど(笑)」
(笑)俺も特異だなとは思います。
「でも、それで最高だなと思うんですよ」
あのー、ソロになってからの吉井さんの曲って、すごく自分の弱さに直面した人のメロディだなぁという気がするんですよ。
「メロディ?」
うん、歌詞ももちろんですけど。唄い方だったり旋律、すべてを含めて、これはもう相当落ちた人だなっていう(笑)。
「ふはははははは!」
その暗さやヘヴィさに、すごく迫るものがあるんですよ。その弱さに何かを感じる人が反応してるんじゃないかと思いますけどね。
「そう? ……それだったら、すごくうれしいですね」
で、バンドの頃っていうのは、まあイエロー・モンキーにもいろんな時期がありましたけど、すごくイケイケだった曲もあるし。
「うん、うん。そうですね。だから……イエロー・モンキーのイメージからなかなか抜けられない方は『物足りない』ってよく言うんですよね。『血管が浮き出てて、生命力にあふれた歌がまた聴きたい』とか。でも今、自分が生命力を感じるのはこっちだし」
血管浮き出てなくとも。
「うん(笑)。それはまぁしょうがないですね。歌とか演奏っていうのは、手書きの手紙と同じだと思ってるから。ごまかしようがないんですよね。絶対にバレるでしょ? その人の人格とか、精神状態だって。だから……今はすごく自然にこの歌を唄ってるんですけど」
そうですね。だから……バンドの頃の吉井さんの姿も、あれはあれで自然というか。
「うん、もうありのままですね」
はい。で、今も今で、ありのまま(笑)。
「うん。もう変化したからしょうがない。これはある意味、僕の新境地だから。他人が何か言ったとしても……点点点(笑)」
じゃあ昔みたいな曲を――。
「男根を振り回すような? ははははは!」
そう(笑)。求められても「今はちょっと」みたいな感じですか。
「うーん……や、でも逆に(今の自分を)すんなり受け入れてくれる人たちもいるし」
うん、ですよね。だから吉井さんのどういうところに反応していたかっていうのが、また人それぞれあるでしょうしね。
「それがさっき僕が言った、バンドがデカくなりすぎたっていうことですよね。やっぱり……人それぞれの中にあるイエロー・モンキーとか僕のいろんなイメージがあって。まあ僕もいろんなことやっちゃってたし。それと違うと『違うんじゃないか』ってなる。でもしょうがないよね。俺がやってる音楽だから……俺が正しいから(笑)」
そうですよね。ウソついてまでやっても、違うと思うし。
「うん、そうそうそう。だから結局、何かのフリをして、何かになってやることが、もうヤだったんですよ。やっぱり、何かになってやり続けるのは、もう厳しい……です」
あの、そこなんですけど……イエロー・モンキーって、グラマラスなところだったり、ロックスターである自分たちというのも大切な部分でしたよね。そこで、ただのひとりの人間が何かに変貌してステージに上がっている側面も強かったと思うんですけど。
「そうだね。何がその象徴かって、メイクだと思うんですよね。メイクとか、ふだん着ないような格好をしてやってるところに、やっぱり変身願望がね。だからあの4人がメイクして変身しないと……ゴレンジャーみたいなもんでね(笑)、力が出せなかったんじゃないかなって。だから俺もイエロー・モンキーのメンバーがひとりでも変わったら、それはありえないと思ってたし。だから…………こういう結果になったんじゃないかなぁ……」
メイクした自分を見せていくのが、しんどくなってたってことですか。
「うん……。まあ、だからといって、これからメイクをしないかどうかは別としてね。でも今、自分がメイクしてこういう写真撮影してるのって……必要以上に目の回りを黒くしてとか、あんまりイメージないんですよね」
素顔でいい感じですか。
「うん」
だけど吉井さんは昔から〈かぶく〉こと……人前でパフォーマンスする際に、きらびやかな姿であることを大切にしてきたじゃないですか。それが今はどのくらい――。
「ほんと言うと、メイクしないできらびやかでいたいんですよ(笑)」
え? 今ですか?
「うん。その〈妖艶〉とかいう言葉が、やっぱ相変わらず好きなんだけど。好きっていうか、無視できないんだけど、それはしてなくても、そうしてたい。山に住んでも、それは出せるんじゃないかなぁと思ってて」
あの、十分にいい男だと思いますよ。
「いやいやいや、そういうんじゃなくて!(笑)。俺、新しい妖艶さを田舎で見つけたんですよ。ヒントを。だから……能とかね。そういう世界って、東京のド真ん中もいいけども、田舎にだって通じる部分、あるじゃないですか。だから……山の中で鳴る尺八とかに、やたらエロチシズムを感じるし。秋の紅葉とかね。今は、そういうふうになってるんだと思う。だからまだ結果を出さないで、見守っててほしいかなって思うんですよ。自分はまだ今、変化の途中だと思ってるし」
だけど、そうか、完全に断ち切ってはいないんですね。
「断ち切ってるっていうか、だから……リセットだよね。ちょっと待って、と。妖艶さの確認? だから、俺ほら、グラム・ロックとか好きだけど……Tレックスとかデヴィッド・ボウイとか……ロキシーミュージックとか、ああいう……ちゃんとした哲学の元に成り立ってるグラム・ロックがどうにも好きなんですよ。それは今でもスタンダードとして残ってるし。だけど、やっぱこう、バブルガムでパッと散って終わる、一発屋で死んでったグラム・ロックもいっぱいいるでしょ?(笑)」
はい。いますね。
「そういう人たちも嫌いじゃないけどね(笑)。でも、ちゃんとした哲学っていうか……そういうのを僕も残したいなっていう。ま、もちろんイエロー・モンキーでも残せてますけど……。やっぱり、バンドにはいろんな運命があるなって思いますね。バンドっていうのは、ほんとにバンドそれぞれ、いろんな運命を持ってると。なくなった今は思いますね。バンドはほんとに……難しいっていうか。面白いし」