結局ビシッと断れないのは手痛い別離を経験してきたからだ。だから「あなただけよ」とか「好きなんです」と言われてしまうと「お、おう……」と自信もないのに引き受けてしまう。それでガッカリされたくなくて死に物狂いで頑張ってしまう。だって「好き」って言ってくれてるんだよ? 「あなたしかいないの」とか向こうから来てくれてるんだよ? 気付けば誰もいなくなっている。相手から見放され、“型落ち(=back number)の男”になっている。あの淋しい切ないやるせない孤独の世界に戻るのは、もうイヤじゃないか!
この映画の主題歌もback number。次のドラマの主題歌もback number……「クリスマスソング」が2015年だからback numberが怒涛の主題歌王に君臨してもう7、8年が経つ。そこから彼らは現在までその座を保ってきた。移り変わりの激しい業界でこの年月は相当のもので、それはひとえに清水依与吏のメロディメイクの才にあると言っていい。依与吏は作品(お題)が与えられるたびにウンウン唸り、血を吐くような苦労をして名曲をモノにしてきた。まじでトップランナーとしての重圧の中、この量と質をこの期間やり続けるのは只事ではない。
それにしても思うのは、彼はいつまでこの戦いを続けるのかということである。多くの表現者は一定の評価を得ると、安心して手を緩めてきた。かつてのトラウマは癒され矛先は丸くなっていく。自分はもはや捨てられるような男ではない。自分は今スポットライトを浴びる側の人間だ。だからもう大丈夫――と思ってもいいはずなのに、依与吏は今もロックバンドとの対バンで地団駄を踏み、まわりと自分を比較して苦々しい酒を呑む(『音楽と人』2023年2月号インタビューより)。嗚呼、三つ子の魂百まで。彼の自己肯定感はいつになったら満たされるのだろう?
back numberの新作の1曲目「秘密のキス」も淫靡な題とは裏腹によくよく聴けば〈そんな世界を想像している〉だけの妄想で、アリーナバンドになってもリア充には程遠いメンタリティに軽く慄く。添い寝の期待にモゾモゾ震え(「添い寝チャンスは突然に」)、戦隊モノでいえば自分は焦げ茶だと自嘲する(「ヒーロースーツ」)。
そしてアルバムは12曲中5曲が主題歌タイアップ――ということで、彼らの熾烈なサンダーロードは今もなお続いているわけだが、興味深いのはこの作品に依与吏が『ユーモア』と名付けたことである。終わりの見えぬ激闘の果て、最後にたどり着く「水平線」で作品は異様な救済感に包まれる。たとえば〈歓声と拍手の中に/誰かの悲鳴が隠れている〉というフレーズは誰に向けられたものだろう?
ご存じのように、この曲はコロナで目標にしていたインターハイを失ってしまった高校生の手紙がきっかけで制作されたものである。それなのにこの並びで聴くと「水平線」はまるで七転八倒するback number自身に唄いかけているように聴こえてしまう。バラードはブルースに替わり、振り絞った言葉が自慰になる。言うまでもなくもっとも誰かを救いたい人はもっとも救われたい人であり、結局自分の歌で救われてしまうおれ、いつまで経ってもジタバタと悶絶を止めないおれ、巡り巡った音楽に翻弄されているおれを見て依与吏はクスリと嗤ったのだろう。
今回はもうひとつ、そんなback numberの真髄を間近に感じられるアイテムが付いている。『ユーモア』初回限定盤Bに封入された弾き語りCD「依与吏の部屋」。これは彼が実際自分の部屋で「ヒロイン」「花束」「ハッピーエンド」「手紙」「クリスマスソング」「西藤公園」「チェックのワンピース」を弾き語りしたもので、最初私はこの企画を聞いた時「ついにきたか!」とテンションが爆上がりした。キラキラのヒット曲を裸の自分で唄うこと。それは必ず大きな化学反応を生み出すはずで、依与吏の素顔のブルースがドレスアップされたポップソングの印象を塗り替える予感がしたからである。
そしていざプレイオン――私の期待はいい意味で裏切られた。「依与吏の部屋」で彼は全力だった。プライベートなリラックスムードなんて1ミリもなく、なんなら普段より全身全霊、ノーリミット。それはこんこんと部屋をノックして、普段着のパジャマで出てくると思ってたら、むしろ「1人なんだからいつもより気合い入れて頑張らなきゃ!」と目を血走らせ、タキシードかなんか着てドアを開けられたような感覚である。
清水依与吏って人はこれだから!……彼の弾き語りを聴きながら、私もクスリと微笑んだ。あふれだす愛情と臆病のおいかけっこ。ただ胸を張ってりゃいいだけの唄いっぷりなのに、この人はどうしてここまでノドを振り絞ってしまうのか。命を削ってしまうのか。おまけにそんな姿で口にするのが〈愛されている事に/ちゃんと気付いている事/いつか歌にしよう〉(「手紙」)って、これはなんのユーモアか?
人生は滑稽だから愛おしい。「依与吏の部屋」にいるのは確かに生身の彼自身だろう。どこまでも不安で、目の前のあなたに愛されようと必死で、余裕なんてどこにもない。
依与吏の泣き笑いは清々しく、むしろ誇らしいほどである。
NEW ALBUM『ユーモア』
2023.01.17 RELEASE
■初回限定盤A(1CD+1Blu-ray or 2DVD)
■初回限定盤B(2CD+1Blu-ray or 1DVD)
■通常盤(1CD)
【CD】 ※全形態共通
01 秘密のキス
02 怪盗
03 アイラブユー
04 ゴールデンアワー
05 黄色
06 添い寝チャンスは突然に
07 Silent Journey in Tokyo
08 エメラルド
09 ベルベットの詩
10 赤い花火
11 ヒーロースーツ
12 水平線
【初回限定盤A(1Blu-ray or 2DVD)】
・back number “SCENT OF HUMOR TOUR 2022” at 幕張メッセ国際展示場9・10・11ホール 2022.09.08
01 怪盗
02 泡と羊
03 アップルパイ
04 オールドファッション
05 エメラルド
06 MOTTO
07 赤い花火
08 HAPPY BIRTHDAY
09 風の強い日
10 サマーワンダーランド
11 恋
12 黄色
13 勝手にオリンピック
14 003
15 半透明人間
16 sympathy
17 瞬き
18 水平線
19 高嶺の花子さん
20 スーパースターになったら
en1 僕の名前を
en2 日曜日
en3 そのドレスちょっと待った
・Documentary of back number “SCENT OF HUMOR TOUR 2022”
【初回限定盤B(1CD+1Blu-ray or 1DVD)】
・清水依与吏 弾き語りCD “依与吏の部屋”
01 ヒロイン
02 花束
03 ハッピーエンド
04 手紙
05 クリスマスソング
06 西藤公園
07 チェックのワンピース
・MUSIC VIDEO CLIPS
01 水平線
02 エメラルド
03 怪盗
04 黄色
05 ベルベットの詩
06 アイラブユー
07 水平線(SCENT OF HUMOR TOUR 2022 Ver.)