「お前のために唄うよ」
去年の11月。渋谷クラブクアトロでのツアーファイナルで、カワノ(ヴォーカル&ギター)は叫んだ。それは過去との決別だった。それまでの彼は、自分の中にある苛立ちや絶望を、そして怒りを、そのまま吐き出していた。どうせ誰にもわからない、という諦めの果てだ。しかしライヴを繰り返し、楽曲の反応を手にするたびに、わかってきたのだ。この苛立ちと絶望を、自分のことのように感じる人がいる、ということに。それに気づいて、彼は変わった。ただ苛立ちや絶望を叫ぶんじゃない。同じような気持ちでいるあの頃の自分のような奴らのために、唄うんだ。
4月20日にリリースされた7曲入りの「#4」。1年ぶりのリリースとなるが、明らかに変化したCRYAMYを感じる音源だ。そしてこれは、弱者が今の世界をひっくり返す、その始まりとなる音楽でもある。本日から始まるツアー〈CRYAMY ONE MAN TOUR 2022 [売上総取]〉で、その瞬間を目撃してもらいたい。
(これは『音楽と人』5月号に掲載された記事です)
音源は1年ぶりですね。
「そうなんですよ。『CRYAMY -red album-』からちょうど1年。でも、あのアルバムができた段階で、俺のバンドドリーム、もうほぼ全部叶った気がするんですよ」
その、叶ったバンドドリームって何ですか?
「お客さんがいっぱいいる前で演奏したかった夢は、デイジーバーのワンマンが売り切れた時点で叶ってたし」
それで?
「でもあれで十分だった。こうやって取材もしてもらって、『音楽と人』に載って、フルアルバムも完成した。そしたら、もっとすごいもの作ろうとか、お金稼ごうとか、ホールでライヴをやりたいとか、まったく思わず、もうすべて叶ったなあ、って。ほら、syrup16gの〈夢〉みたいな感じですよ!」
〈もう何も求めてないから、この歌声が君に触れなくても仕方ない〉と。
「まさに今の気持ちです。でも、アルバム出てから1年、ずっと曲作ってて。今、アレンジも込みで50曲ぐらいあるんじゃないかな」
やる気あるじゃん。
「でも辛いことだらけの1年でした。メンバー間もゴタゴタしたし。もう(バンド続けなくても)よくない?みたいな感情もあったし。決定的なことがあったわけじゃないんだけど、じわじわ追い詰められて、ほんとは諦めちゃいけないことも諦めていったというか」
何を諦めたりしたの?
「周りの人に自分のことなんか理解してもらわなくていいや、って、諦めて投げ出しましたね。わかってもらおうと思わなくなった。ツアーファイナルのクアトロで〈こんなことをやりたいわけじゃないんだ〉みたいなことを口走って、いろんな人に怒られましたけど(笑)」
あははは。
「でもね、メンバーにもはっきり言えたんですよ。俺とメンバーの関係って、すごく歪で、言葉にできないもどかしさがずっとあったから。俺は苛立ちを、メンバーは憎しみに近い感情を、お互いに持ってたんですね。驚くほど不干渉な関係ですけど、それをようやく言えたんですよ。歌詞に出てくる内容や、俺が思ってることを、お前らと共有するつもりは一切ないし、理解もしてくれなくていい、って」
むちゃくちゃだな(笑)。
「でもそうやって口にしたら、開き直れたんですよ。そのあとに描いた歌詞は、とても素直な言葉だった。〈君のためだけに生きる〉って、初めて胸張って唄えるようになった。誰にも期待しないけど、俺の人生も干渉させないって思ったから、そう言えたのかなあ」
クアトロでも「信じられないけど、でも、お前のために唄うよ」って言ってたよね。
「あんなこと初めて言いましたよ。それと『#4』は地続きになってると思う。聴いたら、カワノも丸くなったな、って言うヤツも絶対いるだろうし。でももういいんだ。俺、人に優しくしようと思ってやってないし。最近、他のバンドの音源聴いてると、時世柄なのか、みんな優しいんですよね。それがすごく軽薄に思えて。そういうのと一括りにされたくないなって」
CRYAMYは優しくしようと思ってないもんね。
「逆です。あえて言うなら、みんな正しくあれ、と思ってます。理想的な世界じゃないから、自分にとって正しいものになってほしいと願ってる。少なくとも俺の曲の中ではそうあってほしいし、もっと言えば、曲を聴いた人間がそうであってほしい。そういう願望、希望を込めて言葉を吐いてます」
どういうのが一番理想的な世界なの?
「何かに縋らなくても、ひとりひとりがフラットに生きていける感じ、というか。苦しめるものがなくなればいい。ブルースが、日々の黒人奴隷の苦しみを慰めるためにあったように、音楽ってそもそも、自分の憂鬱や苦しみを慰めるために耽溺するものじゃん。前向きじゃなくたって全然いいはずなんですよ。俺、優しくなんてなれねえし」
優しくする必要ないでしょ。CRYAMY好きな人って、俺も含めて、カワノくんと同じような悲しみや苦しみを知る人だから。
「そう。だからそういう人たちに対して唄うんだって決めたの。あと、自分にとって大きなことがあって……妹にバンドやってんのバレたんだよね」
お兄ちゃんは東京で何の仕事してる設定だっけ?
「工場でネジ作ってる(笑)。正月に電話したんですよ。そしたら『お兄ちゃん、私に隠してることあるでしょ』って」
わははははは!
「『え……な、何もないけど?』ってごまかしたら、すごい低い声で『……アルバム2枚買ったよ。鹿児島のタワレコで』って。俺、言葉出なくなっちゃって。いろんなことがぐるぐる頭を駆け巡ったんだけど、そしたら『あのさ、どういう人生歩もうがお兄ちゃんの勝手だし、私は全然いいと思うよ。親の老後の心配してるんだったら、私、あと2、3年後に医者になって、めちゃくちゃ稼ぐ予定だから。金の心配しなくていいよ』って」
惚れる!
「カッコいい妹でしょ。だが兄の沽券はボロボロです(笑)。俺、高校生の頃はスーツ着て、ジョージコックスのラバーソウル履いて、誰ともあまり話さない、そんなクールを気取ってたんですよ。それを知ってる妹が、どうやら動画を観たらしく。『お兄ちゃん、ライヴだとけっこう喋るんだね』って(笑)。精神崩壊しました。『まあ頑張れや』って電話切られて」
じゃあこのアルバムも妹が買うと。
「タワレコで予約したって(笑)。1曲目から死ねって叫んでる曲ですから。どうしたもんかと思いますよ」
でも「ALISA」聴いたらどう思うんだろうね。
「あれは母ちゃんの曲ですからね。珍しく、自分でもいい曲だなと思いました。俺、ずっと母ちゃんに負い目を感じてるんですよ」
どうして?
「母ちゃんは神戸で美容師やってたけど、震災がきっかけで島に帰ってきて、同時期に病気で広島から帰ってきた父と出会って、結婚して、僕が生まれたんです。親父が病気で居ない間は、ひとりで僕と妹を育ててくれて。なのに俺は、退院して戻ってきた親父と、日々大喧嘩を繰り返すようになり。あげく学校の先輩とも大喧嘩して、酷いケガ負わせて、島に居れなくなっちゃった。俺は15歳で島を出たけど、母はずっとそこで暮らしてて……負い目がないわけないですよ」
まあそうだね。
「妹だってそうですよ。あいつは頭良くて、生徒会長になる予定だったんですよ。だけど兄貴がこんなだから、させてもらえなくて。本当に申し訳ないと思ってる。なのにグレもしないで、いまだに俺のことを尊敬してくれてるし、母ちゃんも絶対俺のこと怒らない」