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【編集部通信】認知症になった父親と、さまざまなことに奔走した数ヵ月の記録(第2回)

text by 樋口靖幸

『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点でお届けしていきます。今回は50歳を過ぎた編集者が、前回に続いて、自身の身の回りで起きている出来事を赤裸々に綴ります。



(前回からの続き)
8月5日(後編)

救急搬送で隣町の総合病院へ。病院内はコロナの影響か野戦病院のような様相を呈していた。そのせいなのかいったんは父を受け入れてもらえることになったのに、医者から延命治療しかできないことを口実に入院を断られてしまったのだ。しかしさっきまで診察室で怒鳴り声をあげていた父の声が、鎮静剤で眠りに落ちてしまったので、一晩だけ入院させてもらうことに。母はショックと疲労で完全に抜け殻となっていた。


8月6日

放心状態の母を家に置いて朝8時に総合病院へ父を迎えにいく。一晩限りの退院手続きを済ませ、薬で眠らされたままの父とともに昨日の精神病院へ搬送される。「出来るだけのことはしますが、命の保障はありません」と主治医から前置きされたのち、一日遅れで入院手続きを済ませる。その後は実家で荒れ果てた家の片付けを始めることに。しかし父の部屋だけはキチンと片付いていて、もともと綺麗好きだったせいか認知症になっても自分の持ち物や部屋の片付けは以前と同じようにできていたことを知る。すでに着ることのないままタンスに仕舞われていたスーツやネクタイは、いつその出番が回ってきても活躍できるような態勢で持ち主の帰りを待っているようだった。


8月9日

入院費が毎月20万近くかかるので父の定期預金をそれに充てるつもりだったが、すでに本人は委任状も書けない状態のため、定期の解約ができないことに気づく。もともと父の通帳やカードなどの管理は母が行なっていたこともあり、生活費は今まで通り父の普通口座から下ろせばいいのだが、さすがに入院費まで賄うほどの残高はないのだ。というわけで母の代わりに実家の財務管理を自分が行うことで、生活費の無駄をなくすことになった。通帳や大量のレシートを確認していくと、かつて父が運転の仕事をしていた頃に加入していた損害保険やETCカードの支払いが続いていること、さらに家の通信費だけで月に3万近くも支払っていることが判明。コロナで会わない時期が続いていたぶんだけ親は歳をとり、さらに病気や怪我などによって当たり前だった日常生活がままならなくなっていたことが明らかになった。
保険の証書を始め年金や税金の通知が無造作に突っ込まれたタンスの引き出しには、父と母それぞれの治療費の領収書が束になっていた。そもそも2019年初頭に父が認知症だと診断されたタイミングで、母は老人会が主催するボウリング大会で腰の骨を痛めてしまい、それまで何事もなく穏やかに暮らしていた2人の生活は一変したのだ。それから父は日課の散歩で道に迷って帰れなくなったり、孫の顔を見て自分の息子だと勘違いするようになった。一方で以前はボウリング以外にも絵手紙教室など人との交流が盛んだった母は、腰の痛みを抱えながら家から出ず父の世話をしているうちに、心房細動という不整脈の一種と甲状腺の病気を併発した。その後はコロナで子供や孫にも会えなくなり、気づけば2人は世界から孤立していたのだ。もちろんその間も地域包括支援センターの相談員が定期的に様子を見にいってくれてはいたが、父が介護認定を受けていない状態では施設に入るための準備すらできない。孤立した生活の中で次第に父は症状が悪化し、食事の回数や酒の量が増えていくのと同時に糖尿の数値も上がっていったのだろう。さらにタンスの引き出しからは、夫婦でプロ野球の巨人戦を観に行った時のチケットが出てきた。認知症と診断されて間もない頃、大好きな巨人戦の試合を観るため東京ドームまで足を運んだという。外野席から観る試合は父にとってはすでに何が行われているかもわからない状態だった、と母が寂しそうに語っていた。


8月12日

翌日にネットで注文した冷蔵庫が実家に届く予定なので、今の冷蔵庫に埋もれている食品の片付けをしに行く。経年劣化で冷蔵庫のドアがちゃんと閉まらず、庫内が結露で水浸しになっていたのだ。ゴミ屋敷と化していた部屋と同じく冷蔵庫の中もカオスとなっていて、5年以上放置されている漬物や冷凍食品などが次々と発掘される。保管されていた食べ物や調味料のほとんどは賞味期限がとっくに切れていたことに戦慄しつつ、ゴミ袋4つぶんの生ゴミの処分に苦労した。


10月7日

大学時代の友人から届いたLINEで、成年後見制度についてレクチャーを受ける。認知症になった人の定期預金の解約や入院保険の支払い手続きをするためには、成年後見人を立てる必要があるため、その申し立てを裁判所にするのだ。ただし、申し立てに必要な書類の作成や証明書の発行が複雑で多岐に渡るため、司法書士に依頼する人が多いという。まずはその制度の仕組みや申し立ての手続きを詳しく調べてから、自分でやるか専門家に頼むか決めることにした。


11月8日

父の入院から3ヵ月が経ったので、病院にて主治医と今後の話をするための面談。糖尿の数値はかなり落ち着いていて、入院時のような危険な状態から脱しているという。普段の生活は本人の安全確保のため移動はすべて車椅子だが、毎日のように病院内を車椅子で動き回っているらしい。もともと車の運転を仕事にしていた人だったので、相変わらず車輪のついた乗り物が好きなんだな、とその話を聞いてほっこりした。そのぶん歩行機能が衰え歩けない身体になってしまったことや、おそらく本人はもう親族のこともわからなくなっている、というネガティヴな報告は母にはせず、車椅子で走り回っていることだけを面白おかしく伝えた。


11月17日

今年で90歳になる義父が、ヘルパー訪問と配食サービスによる独居生活に終止符を打つことになり、妻と一緒に地元の介護施設を妻と見て回る。東京から車で3時間、冴えない地方都市の外れにある施設だが、候補はどこもそれなりに金額が高いだけあって贅沢な設備が整う環境だった。もっと言えば今すぐ自分もここで暮らしてみたいと思えるほど、そこは老人ホームの暗いイメージとはかけ離れていて、言うなれば高級ホテルのようにホスピタリティが充実しているのだ。ちなみにそこで生活している人たちの平均年齢が89歳、最高年齢は100歳を超えているという。それでも以前の自分なら「こんな介護施設に入るぐらいなら野垂れ死んだほうがマシ」みたいに思っただろう。しかし今はそんなふうに思うことはできない。むしろ、こういう施設で余生を過ごすことができない自分の親を不憫に思ってしまった。


12月2日

半年近く続いていた実家のマンション大規模修繕工事がようやく終了した。家の外を覆っていた黒い網と足場が取り払われると同時に、鮮やかな色に塗り替えられた外壁が姿を現した。実はこの工事の着工と同時に、父の認知症の症状は急激に進行したのだった。7月上旬、リビングルームの窓から見える景色が鉄骨とネットで覆われた日の夜、突然父は「家に帰りたい」と言いだしたという。認知症の人は少しでも生活環境に変化があると不安を感じ、そこから症状が悪化していくのだが、まさに修繕工事がそのトリガーとなってしまったのだ。「ダンナ、頼むから俺を家に帰らせてくれ」と入院前夜に何度もそうせがんで来た父に、元通りとなったリビングからの眺めを見せる日はたぶん来ないだろう。一方で独居生活に慣れてきた母は少しずつ体調が良くなってきたが、やはり1人は寂しいようで、毎晩寝る前に父のことを考えるという。また、近所の人に「旦那さんは?」と聞かれて事情を話したら「そんな病院に入れられて可哀想だ」と心ないコメントを返され、それ以来外に出ることが怖くなっていた。(次回に続く)


文=樋口靖幸

小3の頃にハマっていた切り絵の作品。今も実家の居間に飾られたまま
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