もうL⇔Rはできないけど、こんなグループがいた、いい曲があった真実を残すことはできる。それができるのは、どこを見渡したって俺しかいないんだよ
「こういう自分を見るとさ、きーちゃんのことを思い出すんだよね。僕は、L⇔Rを作ったのは彼だと思ってるから。どうしようもなくなって、2人で実家帰ろうと思ってた冴えない兄弟に『お前らのバンドはカッコいいから、何が何でも俺と一緒にやろう』って声をかけてきてさ。彼がいなかったらL⇔Rやってないよ。間違いなく。きーちゃんはそのL⇔Rを、自分の歴史の一部として、それをキャリアのひとつとして乗り越えて、ベースの腕1本で生きていく職人になってるじゃん。すごくカッコいいと思うよ。でもやっぱり俺はさ、ちょっと事情が違うんだよね(笑)」
それは、兄と弟、という特別な関係。どうやっても拭えない、血のようなもの。だからこそ彼は、乗り越えるのではなく、引き受けることを選んだのだろう。
「休止してる期間はさ、まだ3人とも若さが残ってて、いろんなことを試行錯誤やってたから、自分のエゴみたいなものがしっかりあったと思うんだよね。兄貴も、きーちゃんも、俺も。その頃のL⇔Rって、自分のためにしかなかったと思う。でも今思い返してみるとさ、ファンの人たちのために何かやれたらよかったなって、本当に後悔してんの。それが仮に解散ライヴだったとしても、何にしても、もう1回きちんと自分たちなりのやり方で、L⇔Rという存在へのけじめというか、答えを見せるべきだったんじゃないかなって。それも含めて心に穴が開いたままなんだよ」
でもその穴を、見ないふりをしないで抱えていようとする。それはどうしてなんだろう。
「まあ、好きだからでしょうね。自分が作ったもの、自分が携わったものに関して、どんなに辛いことや嫌なことがあったとしても、これはいいってやっぱり思えるし、あの時、そこまでのことをやり切ったから。あれがほんとに自分の不本意なもので『お願いだからあれはもう聴かないで!』っていうものだったら、たぶん、今『あれは黒歴史だから!』って言ってると思うけど、全然そうじゃないし。あの頃、4人で見た光景は、どれも素晴らしい思い出なんですよ」
その、どこかに置いてきた気持ちを形にするため、彼は動いた。12月4日、和光大学ポプリホール鶴川で行われる黒沢秀樹ワンマンライヴがそのひとつ。そしてSecure Base(セキュアベース)という会員制ウェブサイトも立ち上げた。
「今年L⇔Rは30周年じゃないですか。もう兄貴はいなくなっちゃったから、バンドはできない。でも僕はまだ生きてるわけで、細々とだけど音楽は続けていくつもりなんですよ。心に開いた穴とモヤモヤとは一生付き合っていくつもりだけど、いろいろ経験を積み重ねていかないと、決して小さくはならないじゃないですか。どれだけその機会を増やしていけるかじゃないかなと思って。だからSecure Baseを始めたんです」
Secure Baseとは、心の安全基地、という意味だ。育児用語にもなっているが、子供が小さい頃、安心して戻れる場所になれる人がいれば、いつでもそこに戻ってこれるから、離れたり、また戻ったりしながら、子供はちょっとずつ成長していける、というもの。
「今、自分にも世の中の人にとっても必要なのは、そういう心の安全基地なんじゃないかなと思って。ここだったら安心して戻ってこられる場所があったほうがいいなと思ったんです。今は直接会えないから、ネット上に、僕のファンの人たちだけが戻ってこれる安全基地を作れば、外で何かが炎上したり、嫌なものを目にしてちょっと傷ついても、ここは黒沢秀樹を通じて、いつもの人がいつもの感じでいるんだよなって、安心できる場所になるんじゃないか、と思って」
抱えているだけじゃなく、そういうものを抱えている人たちが、同じような人がいることをわかる場所。それをつくることが大切だと、今の彼はわかっているのだろう。
「みんないい歳になったけど、いろんな事情の方が世の中にはいるじゃないですか。ライヴ行きたくても来れない、家を出たくても出れない。物理的に海外に住んでて日本に来れない人もいる。そういう人たちのことを考えると、普通に東京に住んでて、毎日呑みに行って、ライヴ行こうと思ったらすぐ行けてたことが、どんだけ幸せなことだったのかって、よくわかるじゃない? そうじゃない人たち、いっぱいいるんだよなと思ってさ。そういう人たちにこそ、音楽って大事だったりするわけですよ。ロックンロールって、激しくて音がデカけりゃいいわけじゃなくてさ。あれは弱者のための音楽ですよ。逆境の中にいたり、すごく辛い思いしてたり、そういう人たちの歌が、時々世の中をひっくり返すわけじゃん」
「ビートルズだってビーチボーイズだってそうじゃない? ブライアン・ウィルソンなんて、親父に虐待受けて、ボコボコに殴られて、挙句の果てには薬物中毒になって。それでもあんな素晴らしい音楽を作ってる。そこに僕たちは惹かれて、ここにいるわけで。やっぱりサウンドの向こう側から聴こえてくるブルースみたいな生き様がロックなんですよ。ロックはイケてるヤツらのための音楽じゃないんです。だから今の俺はそれを鳴らせると思ってるし。30年を節目にして、ひとりでも多くの人に聴いてほしくなんかない(笑)。それを目的にはしたくないの。聴いてもらえる人に、本当に必要としてる人に、ちゃんと届けたいんですよね」
だからホールでのワンマンライヴも決行する。コロナ禍で、どのライヴも動員数は削られ、感染対策で予算が嵩み、なかなか利益は出せない。でもどうしてもやりたかった。それは30周年を迎えるL⇔Rに、そして兄に対する、自分なりのけじめでもあるのだろう。
「今回のホールライヴ、やっぱり半分しか入れられないんですよ。これで普通にやったところで大赤字なんです(笑)。それなのに何のためにやるの?って話ですよ。結局さ、俺ももう50も過ぎて、兄弟のどっち?って言われてる影の薄いほうで、しかも兄貴も死んじゃってさ。家に帰ればちっちゃい子供もいる。どうしたらいいんだよ、って毎日悩んでますよ(笑)。でもその状況の中でも、Secure Baseの中に、本当に支えてくれてる熱いファンの人たちがいて。このコロナの中でやるのどうかしてるって思われても、クラウドファンディングやってみたら、約200パーセント集まって達成して。とりあえず開催できるところまではこぎつけた。2年前まではそんなこと考えもしなかったけどね。このコロナの状況の中でさ。でも、この人にできるんだったら私にもできるんじゃないかって、みんなに思ってほしいんですよ。ミュージシャンもそうだけど、普通に生きてる人もしんどいじゃん。へこたれるじゃん。諦めたくなるじゃん。でもこんな俺が、やればなんとかなるもんだよっていう証明をしたいんだよ。そしたらみんな少しは希望が持てるんじゃないかと思って。だからL⇔Rの30周年っていう節目があるんだったら、それを背負うのは自分だな、しょうがないなって思ったんですよ。だって今でも唄ってるし、俺はあの人の弟なんだから。俺にロックを教えてくれたあの人の弟なんだから。誰に何言われたって唄うしかないよ。それを求めてる人が、聴きたいって人がいるならさ。もうL⇔Rはできないけど、こういうグループがいたんだよ、こんないい曲があったんだよって、残すことはできると思うの。それができるのは、どこを見渡したって俺しかいないんだよ」
力強い言葉だった。そしてそれは兄に対するいろんな気持ちだけじゃなくて、家庭を持ち、子供を育てている今だからこそ、いろんな気持ちを背負うことができている。
「世の中ほんとに、いろんな事情を抱えてるんだよね。言わないだけで。で、その悩みとかしんどいとかの多くは、若い時と違ってさ、自分ひとりじゃどうにもならないことばっかりなわけよ。例えば親のことだったり、家族のことだったりさ。いや、それ、あんたのせいじゃないんだけど、でもしょうがないよねって一緒に笑ってあげたい。だからより一層、たまに音楽聴いて〈ああ、いいな〉と思ったりしてほしいんだよね(笑)」
そんな彼が、いまいちばん好きな音楽を最後に聞いてみた。
「最近は……ジュリアン・レノンをよく聴いてる。セカンドアルバムの〈Everything Changes〉なんだけど、すごくいいよ。すべて似過ぎてない。やっぱり彼も、ジョンの息子、ってところで心に開いた穴を抱えてる。よくわかる。音楽にそういうのは出るんだと思うな。あと、俺がやるから説得力あるでしょ?って思ってるフシがたぶんある。その気持ち、今はよくわかるんだ」
文=金光裕史
写真=笹原清明_えるマネージメント
ホールワンマンライヴ〈Hideki Kurosawa The Best Of First 30 Years〉
【日時】2021年12月4日(土)
【会場】和光大学ポプリホール鶴川
【出演者】黒沢秀樹/長田進(Gt)/冨田謙(Key)/棚沢雅樹(Dr)/田中貴(Ba)
【時間】開場16:15/開演17:00
【料金】6,500円
※3才未満無料(ただしお席が必要な場合は有料となります)
指定席
〈ライブ配信チケット〉
【料金】¥3,500円 ⇒ ¥2,800円(GO TOイベントにより2割引き)
◆プレイガイド:イープラス Streaming+
発売:10/23(土)12:00~12/10(金)21:00まで
配信期間:12/4(土)17:00~12/10(金)23:59まで
https://eplus.jp/sf/detail/3491140001-P0030001
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