互いに好き合っていた時期はあるのか。衝突を繰り返す中、決裂はなかったのか。どうして許せた? 血縁でもないのに
似たような景色を私も知っている。姉が県外に進学し祖母が入院した17歳、それでも我が家のライトな地獄は続いた。互いの思いやりは戻らず、むしろ最悪最低に進行。東京に行ってロック雑誌のライターになると、数年間温めていた夢を唐突に語りだした世間知らずを、母は必死で止めようとした。
なんの根拠もなく「ライターになる」と言い張る私も私だが、あらゆる説明をすっ飛ばして「東京に行くと騙される」と主張した母も母である。ともに理屈がないから感情に任せた衝突にしかならない。売り言葉に買い言葉で論点はズレていき、「いい加減さっさと離婚しろよ!」と迫ったこともある。即座に「誰のためだと思ってんの!」。もううんざりだ。バカバカしい。いかにこの家が嫌な空気か、存続に意味がないと思えるか、ガキなりに必死で説いた気がする。ふと神妙な顔つきになった母から返ってきたのは、「だってわたし、お父さんのこと別に嫌いになったわけじゃないから……」。本気でびっくりした。こいつら、好き合っていた時期があるのかよ。
馬鹿であり、傲慢だった。両親に生々しい男女を感じたくない子供特有の頑なさもある。本当にライターになれると思っているのか、この環境から出ていきたいだけなのか、今となればもうわからない。妥協案も出せない衝突の日々に「これ以上話すことない」と深い溜息を吐かれ、反射的に決めた。こいつ先に逃げやがった。もういい。私もこの家からイチ抜けする。数ヵ月の家出をすることで何もかもをウヤムヤにし、東京行きを強引に承諾させたのは高2の冬である。
そのガキが今では母になっている。悪い冗談みたいだ。ただ、娘を授かりわかったのは、何があっても親にとって子供は確かな存在であるということ。よく考えれば絶対なんてほとんどないこの世界にあって、信じられないくらい確実に娘は私の子供なのである。ここに絶対の価値がある。どれだけ衝突し反目しあっても、最終的に親は子供を許す。今ならわかる。そこまでわかって逃げたのなら最悪の甘え方をした。いつか同じことをされても何も言えない。私はただ、娘を許す。
モーサムはどうなのだろう。互いに好き合っていた時期はあるのか。衝突を繰り返す中、もう話すこともないと決裂することはなかったのか。どうして許せた? 血縁でもないのに? そんな疑問をぶつけると、今はようやく俯瞰で見られるようになったと前置きしながら、百々和宏が語る。
「これでいいってどっかで思ってる。その時は嫌でも結果的に〈あ、これで良かったんだ〉って思える時が毎回必ず訪れてたから。俺が理解できなくてもここはこいつを突っ走らせたほうがいいんだ、とかね。だから許せた。だってバンドってそういうものだから、って思いがあるから」
二人も異口同音だ。武井靖典は「自分でやっているのに自分でもずーっと得体が知れないのがモーサムで。しんどい時もあるけど、でもライヴをやればいいなって思う」と静かな口調。藤田勇も「バンドっぽいですよね、誰の思い通りにもならないってとこが。だから疲れるし、だから魅力がある」と笑う。まるでそれが、とてもいいことであるかのように。
もしかして、と思う。これは血縁ではない関係性ゆえにひねり出された配慮、許容できるぎりぎりの折衷案ではないか。結局は許し合える。そこに愛情という言葉を当てはめれば3人とも顔をしかめるだろう。ただ、それでも。
今回のツアーが3人編成、藤田勇ドラム時代の曲で統一されていたのは、こんがらがった何かが少しだけ整理されたことを示していた。提案は百々。4人編成ではモーサムらしさがどこか薄まる、やはり3人でやりたいと言い募る彼を、勇は素直に受け入れた。つまり4人編成時代の曲はやろうと思っても、それを3人で表現するのは難しいのだという。さらに勇が続ける。
「中盤の〈虹を架けて〉とか、百々の曲ですけど、改めて聴くとすごくいい曲だなぁって思いましたよ。あのアルバムの頃って、なかなかよくわからない状況でしたけどね」
そう、凄まじい爆音の飛び交う前半戦と後半戦の狭間、ライヴの中盤には意外なポップソングがいくつか並んでいた。選んだのは勇だ。少ない音数で愛らしい物語を綴るロックンロール賛歌「マカロニ」。切ないエレポップに乗せて終わらない約束を交わす「パーティーは続くよ」。これらの曲を収めた6th『SUPER NICE』と7th『C.O.W.』は、なんと8ヵ月のインターバルで発売されている。じっくり煮詰める余裕はなく、その曲が一体どういうものか吟味する時間もない。「マカロニ」がこんなに愛らしい名曲だなんて当時は気づきもしなかった。今になり百々は「なんであの曲をシングルカットしようと言われて突っぱねちゃったんだろう」と苦笑。さらに武井は「作った時はすごい嫌だったこの曲、初めて楽しく演奏できた」と微笑する。なんだ、このシンクロニシティ。
要するに、誰もが本当の楽曲を理解しきれていなかった。バチバチのスリルや衝動だけでは体現できない、きめ細かく音楽的な曲の魅力を、ようやくこの3人で鳴らせるようになった。もしかして今、そんな時期なんじゃないか。
それは、今ならわかると思う私の愛憎とは似て非なる何か。止まってしまったモーサムの物語の続きのように見えた。消耗し、疲弊し、開店休業状態になってもなお、3人で立つステージを彼らは確かに愛している。だから解散ではなく開店休業を選んだ。そして今、クアトロでの3人は、互いのことを気遣いながら、とても楽しそうにプレイしているように見えた。
だからこそ、たまらなかったのは「マカロニ」と「パーティーは続くよ」の2曲に挟まれた「Have You Ever Seen The Stars?」。名曲中の名曲だ。
誰も彼もが今夜 星のない空見上げて
羅針盤のありかを探してるよ
何やってんだ ロックンロール・スター
はみ出し者のブルースを 震える夜にかき鳴らして
シビレさせて 遠くまで連れてっておくれよ
歌詞のひとつひとつがブーメランになって涙腺を直撃した。開店休業って何やってんだよ。誰より格好いいライヴをモーサムで続けてくれよ。もう若くないバンドの青臭いロマンチック願望を前に、同じく若くないファンが涙を流して震えている。この気持ち悪さは何かと思う。みんな、青いロックンロールの夢に閉じ込められたまま、身動きができないでいる。
「Have You Ever Seen The Stars?」の唄い出しはなんとなく口ずさむメロディ。そこに連なる偶然のハミング。電車の音を百々はベースみたいと表現し、それらを〈悪くもない〉とまとめている。つまりこれは、ひとりではできない、予想外のアイディアや発見があるから面白い、どこにでもあるバンド活動の始まりだ。
そのロックバンドが誰かの指針になり、探し続ける星になり、果てなきロマンになることを、百々は次のサビで一気に書き上げる。なりふり構わない夢の爆発だ。作曲した勇のメロディが引き出した本音であり、私が最初にロックに求めた逃避行でもある。さらにこの名曲は、最後、〈空前絶後の日々を/まだ見たことのないような世界を〉と結ばれる。なんという具体性のなさ。まるで、なんの根拠もない17歳のガキが突然でっかい夢を語り出すようだ。親なら真顔で心配するやつ。そういうことを考えたら再び泣けて、同時に笑えた。そんな馬鹿みたいな空前絶後を、この3人はまだ諦めていないのである。
とはいえ、どう転んでも美しく締まらないのが現在のモーサムである。アンコールは『C.O.W.』収録の「18(eighteen)」。どんよりしたダークな一曲で、どこまで行けども空気はスカッと晴れることがない。ちなみにこれは勇と百々、初めての分業体制が始まった曲でもある。この頃から衝突が減ったぶん楽にはなった。そののち4人編成になり音の厚みも迫力も増した。でも、気づけば失速し、マネージメントからも離れ、現在宙ぶらりんの開店休業状態。今後の予定はない。
「一時期しんどくて揺れてた時期もありますね。辞める理由を考えてみたり……。でも自分の中で先延ばし先延ばしにしながら、今回3本ライヴやって少しいい方向になったかな。特に、去年はけっこう部屋でベース弾いてたし機材も新調したんで、やりたいなって気持ちはありますよ。無理のないペースで、フットワーク軽くできればいいんじゃないかな」
こちらが武井靖典のスタンスだ。藤田勇はどうか。
「結局これぐらいのペースでやるのがちょうどいいんじゃないですか? またやりだすといろんな不満が噴き出してくる気もするし。やりたくなったらやる、そういう考え方でいいんじゃないですかね。まぁ、やんないとは思ってない」
動けないことに焦れていたのは百々和宏だが、今は違う。ソロやセッションでの活動が充実し、ストレスなしで音楽を楽しんでいる。もちろんモーサムが活性化するのは理想だが、再びの衝突でバンドの寿命が削られるのはもう勘弁。なんだかんだ、3人は結局モーサムの存続を願っている。
「文字にしたら負け惜しみっぽく見えるかもしれないけど、なんか、思い通りになんなくてもけっこう面白いなって思えてんだよね。モーサムが年イチでしかライヴをやってない状況を楽しめる。博多どんたく、山笠とかと同じになった(笑)」
あっははと笑う百々には、もっと活動のペースを上げろと釘を差しておく。二人にも同様に。同時にそれも悪くないのかと心の中で思う。血縁でもない他人同士、どこまでいっても誰のものにもならないのがロックバンドだ。それは母娘のような「絶対」がないから、赤の他人を巻き込んでどこまでも転がっていく。人々の勝手な屈託、ロックへの夢や憧れ、シュールな笑いなんかも込み。何でもかんでもぶちこんで、モーサム・トーンベンダーは今もなお奇跡のバランスを保っている。
文=石井恵梨子
撮影=岡田貴之
MO'SOME TONEBENDER オフィシャルサイト