穂村さんと曲を作っている時は、ときめきを見出そうとしなくても何をやっても楽しかったし、好きだなって思いながら作れました
「ルシファー」は堕天使という意味ですが、穂村さんと詞を共作するにあたってこのタイトルに決めた理由は何なんでしょう?
吉澤「穂村さんと詞を作りたいって思った動機が、最初に自分に言葉のときめきを教えてくださった方が穂村さんだったので、このアルバムの始まりも〈ときめき〉っていうテーマから始まったらいいなと思って。そのために、自分が何に対してときめきを感じられるんだろうってずっと考えていたんですけど、それがすごく難しくて……でも穂村さんにお会いした時に、自分が最近〈龍〉に対してときめきがあるというお話をして、その時に現実よりも異界のものであれば自分を受け入れてくれるだろうとか、ときめきに対しての分析を穂村さんがしてくださって。そこから派生して〈堕天使〉が浮かび上がったんです」
穂村「(メールを印刷したものを提示しながら)これが吉澤さんとのやり取りなんですけど、読んでもいいですか?」
吉澤「わぁ、大丈夫です」
穂村「一番最初に〈ルシファーという題が浮かびました。明けの明星、堕天使でも悪魔でもあるルシファーです〉って書いてあって、そのあとに〈現れた/天国と地獄/私の首が欲しいのでしょう/という歌詞が出てきました〉って書かれていて。なので、最初のメールでは、タイトルと、タイトルの意味と、歌詞が3つ送られてきたんですよね。最終的に仕上がった曲の中にこの3行がさほど残ってはいないけど、イメージは何となく掴めました。あとアルバム全体のコンセプトとして〈恋〉というのを伺っていたので、異界のものとの危険な恋のイメージなのかなって思って。この時点で、〈浮かびました〉〈出てきました〉っていう言い方から、吉澤さんの中で曲の世界観ができあがっているんだろうなとも感じました」
吉澤「あはははは」
穂村「言語化されていなくても、既に空気としてはあるというか。もう磁石ができあがっている状態だから、あとはそこに向かって吸い付くような言葉をこっちが出せばいいんだって思えて。ただ吉澤さんの磁力は全部が目に見えてるわけじゃないから、僕はそれに対して1、2、3、4、5、6……17行か。その磁力にくっつきそうな言葉を送りました。〈人形とマネキンの区別がつかない〉とか〈堕天使の匂いの果物〉とか……まあこれは全然使われていないんですけど」
吉澤「これがすごく好きです。〈天国は大きな蝶たちが胸にぶつかってくるところ〉っていう」
穂村「そういう抽象的なものから現実的なものまで、少しずつグラデーションで〈堕天使〉をイメージした言葉を送っていって、結局は〈星たちが眠る下でポストは凍ってた〉っていうフレーズが頭に来ました。そのあとは吉澤さんから7行ほど歌詞が来て、それは最終的に残ったんですよね。その7行の隙間というか、前か後に僕が言葉を付けたんです。だから前半と後半っていう作り方ではなく、結果的には1行ずつ交互に書いてるような感じでした。でも、僕は曲のことが念頭に無くって、言葉だけを見て書いていたんですよ。吉澤さんは当然曲を付けるっていう意識で見ているから、2人が見ているものは微妙に違っていて。すごくビックリしたのは、僕が1行ずつ足したあと、その次にはもう〈ここがサビで〉とか構成も一緒に返ってきたんですよ。もう曲じゃん!って思って」
短いラリーでほぼほぼできあがったと(笑)。吉澤さんは初めて穂村さんから歌詞が届いた時、どんなお気持ちでしたか?
吉澤「最初に17行いただいた時に、こんなに出てくるの?と思って。穂村さんとやり取りをしていく中で、曲の世界観が広がっていくことがすごく嬉しかったですね。しかも自分が送ったものに対して、穂村さんが送ってくださった歌詞がすごく好みなので……やっぱり好きな人と曲を作るって、こういうことなんだって実感も沸いてきました。私が送った歌詞はどちらかというと切実な温度だったんですけど、穂村さんから来たものは可笑しみがあるというか、すごくかわいらしくなっていたので、いい塩梅だなと思ったし、すごくお気に入りの曲になるんだろうなって震えました」
誰かと一緒に詞を作ることの喜びを初めて感じた瞬間ですね。
吉澤「そうですね。でも、穂村さんとだからそうなったんだと思いますね」
片や穂村さんは、歌詞という違う視点から言葉を紡ぐ吉澤さんに刺激を受けられた部分もあるのではないかと思います。
穂村「もともとシンガーソングライターは超能力者的だと思っていて。言葉を作って、曲を付けて、自分で唄うっていうのは、僕からしたら考えられない能力なんだけど……吉澤さんは特にサイキック的というか――例えば、普通の人が机の上に置いてあるペットボトルの飲み物を飲むとして、手を動かして飲んじゃいけないってルールがあるとしたら、吉澤さんの場合はそれをジッと見つめるだけでクルクルクルって蓋を開けて、手を使わずに飲めてしまう感がある人というか。そこが僕は最初から気にもなっていたし、惹かれていたんです。テレキネシス感が彼女にとっての歌なんだなとも思ったし。そこに対しての驚きとリスペクトと、ちょっと怖いっていう気持ちもあるかな(笑)」
吉澤「『教祖に向いてる』って仰ってましたね(笑)」
穂村「すごく時空間の支配力があるんですよね。ライヴで目の前で唄われている姿を見た時も、途中のMCが破綻していたんですよね。『私何言ってるかわかる?』って言ってたんですけど、その口調がラリッていて、でも惹きつけられる。サイキックってこういう感じなのかなって。だから、吉澤さんが書かれた歌詞は本当って感じがしますね。この人は本当に思ったこととか、切実な思いしか書けない人なんだろうなって」
「ルシファー」の中にある〈命懸けの恋をしよう〉っていうフレーズも、かなり切実さを感じますね。ここは吉澤さんが書かれたんですか?
吉澤「はい。その上の〈天使だった頃の記憶を失くした人と〉は穂村さんが書かれました」
穂村「なんか堕天使には記憶喪失というか、雨が降っているのに傘をさすことを知らない人というか、そういうイメージが僕の中に昔からあって。昔からそういう人にすごく惹かれるんですよね。例えば自分がバスに乗っていて、雨の中で傘をさしていない人を見かけたら、その人が自分の運命の人なんじゃないかと錯覚してしまったり(笑)。堕天使性を吉澤さん自身の中にもすごく感じたから、そういう感覚が発動して書いたんじゃないかな」
吉澤「ふふふふふ」
穂村「あと吉澤さんって、細部のセンスも素晴らしいなって思いました。例えば〈私たちはお食事をしたことがなかった〉の部分は、最初は〈食事〉に〈お〉が付いてなかったんですけど、〈お〉が付くだけで吉澤さんの世界に仕上がるというか」
たしかに。〈お〉が加わることで奥ゆかしさも感じられますよね。吉澤さんは穂村さんと書かれた詞を微調整していく時、どんなお気持ちでしたか?
吉澤「いつもその微調整にはものすごく時間がかかるので、どうなるのかなって思いながらやってたんですけど……でもそういう譜割とかって、すごく短歌的だなって思ったんです。字数を合わせたり、言葉がもともと持っている響きとかリズムが、短歌ってすごく重要だと思うので。歌人である穂村さんとそういう作業ができるっていうのはすごく楽しみでした」
穂村「僕も楽しかったのと、あと薄々そうかなと思ってたけど、ものすごい執念を吉澤さんから感じました。本当に1行ずつじっくりと調整していって、〈ここは2文字だけど本当は3文字の言葉があるといいんだけどな〉とか。〈3文字にすると音数は合うけど、響きは良くないな〉とか、なかなかベストにならないんですよね。正直、譜割はパフォーマンスというか唄い方次第な部分もあるんじゃないかと思ってたけど、彼女はすごく厳密で、全部の曲でこれをやってるのかと思うと、気が遠くなるというか」
吉澤「ふふふふふ」
実際にどの曲もいつも時間をかけて微調整されるんですか?
吉澤「そうですね。でも〈ルシファー〉に関しては、穂村さんと一緒に作るということで、これでもあまり厳密にしないようにしていたんです。いつもはもっと突き詰めてるかもしれないですね……」
穂村「〈ルシファー〉のもともとのテーマはすごくシリアスな曲だったと思うけど、本当にそのままやっていたら、僕が入っていく隙間が見つけにくいというか、吉澤さんの中にあった〈堕天使との純愛〉みたいなものでガッチリ固められて入れなかったと思うけど、〈お食事〉の〈お〉とか、うまく隙間を作ってくれたんだと思う。でも一番最初はシリアスじゃないと起動しないというか、吉澤さんのコアにある感情が何かわからない限り、それに連句のように付けることはできないんですよね」
吉澤「はぁ……面白い」
面白いですね。穂村さんは吉澤さんのコアな部分にある感情を理解するために、例えば過去の曲も聴き直したり、何か準備をされましたか?
穂村「もともと曲は聴いていたし、特別に何かをすることは無くて、最初にもらったタイトルと歌詞から考えました。でも、けっこう王道な恋愛で来たから意外だったというか……吉澤さんの曲って幅広く色々あるじゃないですか。驚くほどコミカルなものもあるし」
ありますね。その中で王道の恋愛をテーマにされたのは、どんな思いがあったんでしょう。
吉澤「もう、穂村さんと一緒に作るっていうことがすべてですね。やっぱり、自分が子供の頃からたくさんの〈ときめき〉をいただいた方なので、純粋にときめきについて書きたいとか、自分が好きになるものを作りたいっていう、その情熱だけで書いた感じもあります」
なるほど。お2人の共作は今後も聴いていきたいです。
吉澤「そうですね。最初に穂村さんからいただいた歌詞の13行くらいは使えてないので、そこからいくらでも曲ができちゃうなって思いましたし……それに、私は曲を作る時は自分がどれだけときめくことができるのかを大事にしてますけど、穂村さんと曲を作っている時は、ときめきを見出そうとしなくても何をやっても楽しかったし、好きだなって思いながら作れました」
穂村さんはいかがでしたか?
穂村「自分も真剣に短歌を作っているけど、吉澤さんを間近で見ていたら〈できなかったら死ぬ〉みたいな感覚は不足してるのかなって」
身を削る感じというか。
穂村「そうですね。色々なクリエーターの髪を切ってる方に今カットをお願いしているんですけど、この間その方に『穂村さんぐらいの歳でこんなに白髪が無いなんて! 死ぬ気で作品を作ってないんじゃないの?』って言われて。ああ、やっぱり自分はまだまだだなって思ったんですよね」
吉澤「ふふふふふ」
白髪は体質による部分もあると思うんですが(笑)。
穂村「あはは。そうですね(笑)。でも、たしかにそうかもと思うところがあって。あと、自分はどこかときめきコレクターみたいな部分があるけど……さっきの雨の中で傘をささない人を見るとときめくとか。吉澤さんはそれ以上に発想のバリエーションが豊かだと思うんですよね。こんなところからも、ときめきの風呂敷を広げるんだみたいな。それがすごく面白い」
吉澤「そう言っていただけて嬉しいです……穂村さんとの出会いが、子供の頃も、大人になっても、自分にとって本当に大きなものだったので。またご一緒したいです」
文=宇佐美裕世
撮影=笠井爾示
ヘアメイク=yuri arai
スタイリング=tanakadaisuke
NEW ALBUM『赤星青星』
2021.03.17 RELEASE
■初回限定盤(CD+DVD)
■通常盤(CD)
〈CD〉※初回限定盤、通常盤共通
01 ルシファー
02 サービスエリア
03 グミ
04 ニュー香港
05 鬼
06 ゼリーの恋人
07 リダイヤル
08 流星
09 リボン
10 刺繍
〈初回限定盤DVD〉
●ミュージックビデオ
刺繍
●スタジオライヴ
サービスエリア
曇天
残ってる
アボカド
刺繍
●密着ドキュメント
吉澤嘉代子 オフィシャルサイト https://yoshizawakayoko.com/
穂村弘 オフィシャルTwitter https://twitter.com/homurahiroshi?s=20