自信もだんだん持てているけど、歌だけでは認められなかったというくすぶりはずっとある。シンガーとしてもっともっと成長していきたいです
スキマスイッチの「奏(かなで)」は?
「スキマさんに関しては、今回のカヴァーアルバムで選曲したのが全員女性ヴォーカルなので、男性ヴォーカルも唄ってほしいってディレクターに言われて、そこで〈奏(かなで)〉が唄いたいなと思ったんです。この曲は特にストーリーが強い曲なので最大限、ストーリーに入りながらも心を空っぽにするというイメージで唄いました。これって、すごく情緒的な歌だし、エモーショナルなんだけど、でも重い歌じゃないんですよ。だから軽やかな切なさがエモいみたいな。だからSIAの〈Alive〉に比べるとそこまで〈入魂!〉って感じで唄ってないかも」
真央さんの情念むき出しで唄ってない感じが〈奏(かなで)〉の伸びやかなメロディの美しさを際立たせていて良いんですよね。
「ありがとうございます。やっぱり女性の歌はどうしてもエグ味が出ちゃうんですけど、そうじゃない魅力がスキマスイッチさんにはあるから、そこをリスペクトしたくて。エグ味しかないような私がどこまで〈奏(かなで)〉を表現できるのか?っていう」
曲をカヴァーする時って、それぞれの向き合い方って違うと思うんですけど。全体的に、この曲を私が唄うからには私らしさを出したい!とかではなかったんですね。
「それは皆無でした。だってオリジナルが一番に決まってるんだから、私らしさなんておこがましいと思った。やっぱりその曲やアーティストのファンの方にもいいなと思ってほしいじゃないですか、だから曲のイメージを壊しすぎずにやりたくて。私自身、自分が作った曲を誰かがカヴァーしてくれる時に、曲の根幹だけは崩さずにやってくれるとリスペクトを感じると思うから。だから『こんなのただのカラオケじゃん!』って言う人もいるかもしれないし、それはそれで良くて。それくらい原曲から離れたくなかった」
ただ「千本桜」は真央さん節が効いていて、初音ミクには容赦ないなあと思ったんですけど(笑)。
「はははっ(笑)。それにはね、理由があって。私が〈千本桜〉を好きになったきっかけは小林幸子さんが『NHK紅白歌合戦』で唄われているのを見て。そのあと、和楽器バンドのヴァージョンを聴いて、演歌も和楽器も合うなと思って、最後に初音ミクだったから。初音ミクも好きなんですけど、ボカロはそんなに詳しくないので、単に〈千本桜〉という曲が好きで選んでいますし。私の中では小林幸子さんなんですよね」
納得です(笑)。
「唄ってて、楽しかったです。やっぱり演歌も好きだしね。〈津軽海峡冬景色〉も、私はプロの演歌歌手ではないから、石川さゆりさんがどこでコブシを回してるかを研究して唄いました。歌入れしてみて〈何であんまり気持ち良く聴けないんだろう〉ってところは原曲を聴き直して、あとで細かく修正したくらい」
「ロマンスの神様」では、Dメロの符割がちょっと変わってたように思ったんですが、あれは?
「そこはね、私も現場のスタッフもみんな気づかなかったんです。あのオケに合わせて唄ったら、ああなっちゃって。〈なんか違う〉って認識をみんなできず、ミックスが終わってから気づいた(笑)。もうね、広瀬香美さんがいかに天才的かを思い知りました」
そうなの?
「ほんとにほんとに。だって普通はあの譜割りで作らないですよ? 普通に唄ったら私が唄ったようになるってことですよ。そこが天才さです。今回のカヴァーアルバムは自分で唄ってみてそういう発見がたくさんありました」
真央さんが唄う、このカヴァーアルバムを通して届けたかったことは何だったのでしょう。
「今回に関しては私が私のために作った、リハビリ・アルバムなので、聴いてくれる人には結果的に何かが届けばいいくらいの気持ちです。歌だけで認められたかった、少女の私が、今一度リベンジをする。唄い手としてちょっとゆがんだままここまで来てしまった歌に対する情熱をリハビリして元に戻す。そういう意味では、職権乱用アルバムというかね」
要するに唄うことを楽しむことが真央さんにとって今一番大事で、リスナーは聴いて楽しい。シンプルでいいと思います。
「そうですね、楽しんでくれる人がいたら嬉しい」
タイトルにインナーチャイルドという言葉が入っていますが。子供の頃に傷ついたもう一人の自分というニュアンスで使われることが多いです。真央さんにとってのインナーチャイルドと歌との関係性ってどういうものですか。
「やっぱり歌だけでは認められなかったっていうところからきてますよね。シンガーとしてのオーディションを小学生から受け続けて落ちて、高校時代に作った曲がきっかけでデビューできることになって。私は曲を書くというオプションがなければプロの歌手にはなれないんだなっていう挫折からキャリアがスタートしてて。私は曲を書かなければ歌手でいられないというような強迫観念が初期の頃は特にあった。そんな中でだんだん自分の曲を認めてくれる人たちが出てきて、阿部真央さんに書き下ろしをお願いしますって言ってくださる方もいたりして、自信もだんだん持てているんだけど。でも歌だけでは認められなかったというくすぶりはずっとある。あと、今回のカヴァーアルバムを作ってみて明確になったのは、シンガーとしての自分と、ソングライターとしての自分の力量に違いがあって、自分が書いた歌だけ唄ってると〈もっと唄えるのに!〉って思うような曲しかできない。SIAの〈Alive〉や広瀬香美さんの〈ロマンスの神様〉みたいにフェイクがコロコロ変わったりするような、私が唄い手として満たされるような、唄って楽しいと思うような難易度の曲を書きたいのに、書けない。そのジレンマも12年抱えてきたんだなって」
カヴァーアルバムではシンガーとしての自分に専念できたと思いますが、そういう意味ではどうでしたか、楽しめました?
「楽しかったですけど、満たされてはないです。私はシンガーとしてもっとレベルを上げたいし、シンガーとしての自分が満足できるようにソングライティングのレベルをもっと上げたい。そうやってもっともっと成長していきたいです」
歌に専念してみたことで新しいモチベーションが生まれたわけですね。そして最新シングル「ふたりで居れば」もリリースされました。ドラマ『おじさまと猫』のエンディングテーマとしての書き下ろしだそうですが、どんな制作でしたか。
「カヴァーアルバムと同時進行で制作していました。ドラマの世界観に沿うように書いた大事な曲です」
〈痛みさえ一緒に超えること“幸せ”と言うの〉という歌詞に真央さんの変化を感じました。昔はやられたらやり返す!みたいな恋愛観だったのに。
「三樹さんには伝わりますよね、私も成長を感じます(笑)」
コロナ禍においてはタイアップというお題をもらったほうがかえって曲作りしやすいところもあったんですか?
「そうですね。タイアップも他のアーティストさんからの楽曲提供の依頼とかも、本当にありがたい曲を書くガソリンでした」
はい。早くライヴも観れるようになるといいなと思います。
「ライヴはしたいんですけど〈なんか怖い〉っていう状況ではできないから。みんなに会いたい気持ちも100%あるけど、みんなを守りたい気持ちも120%あります。そんな中、ただ指くわえて見てるっていうのもできないし、音楽の楽しみはオフラインのライヴだけじゃない。またみんなで楽しくやれる日は必ずくるので、いろんな活動を考えてやっていきたいですね」
文=上野三樹
COVER ALBUM『MY INNER CHILD MUSEUM』
2021.01.20 RELEASE
01 Alive(SIA カヴァー)
02 千本桜(黒うさP feat.初音ミク カヴァー)
03 SAKURAドロップス(宇多田ヒカル カヴァー)
04 奏(かなで)(スキマスイッチ カヴァー)
05 You raise me up(ケルティック・ウーマン カヴァー)
06 もののけ姫(米良美一 カヴァー)
07 津軽海峡・冬景色(石川さゆり カヴァー)
08 ロマンスの神様(広瀬香美 カヴァー)
09 いつの日も 〜MY INNER CHILD Ver.〜(セルフカヴァー)
10 側にいて 〜MY INNER CHILD Ver.〜(セルフカヴァー)
DIGITAL SINGLE「ふたりで居れば」
2021.02.03 RELEASE
阿部真央 オフィシャルサイト https://abemao.com/