抱えていた悩みがパッと消えて、目の前に青空が広がっていく――なんてことは生きていてあまりない。悩みは尽きることなくやってきて、それでもなんとか今日を生きていく。the shes goneの3枚目のミニアルバム『FACE』は、そんな日々のそばに立って、優しく背中に手を当ててくれるような作品だ。相手に思いを伝えるのが不器用で、自分の気持ちを抱えてしまいがちな兼丸(ヴォーカル&ギター)。そんな彼だからこそ、目に見える表情や言葉だけでなく、その奥にあるさまざまな感情を丁寧にすくい上げてくれる。この作品を聴いたあと、きっと少しだけ心が軽くなるはずだ。
(これは『音楽と人』11月号に掲載された記事です)
ミニアルバムの手応えはどうですか。
「手応えですか……うーん……」
そんなに悩みます?
「いや、やっぱり評価してくれるのはお客さんなので、こっちが気合い入れて『すごくいい曲ができました!』って言うのは恥ずかしいじゃないですか(笑)」
言うだけならいいじゃないですか。
「そうなんですけど……どの曲を気に入ってもらってもうれしいくらい、いいアルバムになったと思います。それくらい時間をかけて、すごい迷惑かけて作ったので」
どういう迷惑をかけたんですか?
「1曲1曲、ちゃんと意味あるものにしたいなと思うと、歌入れしてる途中でも、唄い方とか歌詞とか、〈これでいいのかな?〉って思っちゃって。それでウダウダ言って、何度もやり直しをお願いしちゃったり。メンバーは、『いいよ!』『大丈夫だよ!』って言ってくれるんですけど、『本当にそう思ってる?』って」
面倒くさい人ですね(笑)。
「そうなんですよ。そのやりとりの時間は前よりだいぶ短くなりましたけど、それでもけっこう時間かかりましたね」
今回どういうことを歌にしたいと思っていましたか。
「うわべだけじゃない言葉で書けたらなっていうのはあって。例えば1曲目の〈春の中に〉は、季節の春について唄った歌じゃなくて、転機になる瞬間とか、出会い、別れとかを春に置き換えて書いてるんですけど」
私、「春の中に」がとても好きで。これまで恋愛ソングのイメージが強かったけど、これは人生のほろ苦さみたいなものがあって。
「あ、そうだ! アルバム自体ちょっと大人っぽくしようっていうのはありました。24歳になって、周りが結婚したり、社会人2年目になってきて、みんな会話する時の内容が学生の頃とは違ってくるんですよ。日々の鬱憤とか、『上司がさ!』とか。そういうのを聞いてる中で、この曲があってよかったなって思える爽やかなものを作りたいと思って。結局、爽やかにはならなかったんですけど(笑)」
だから、いいんじゃないですか。
「まあ自分でも面白いと思いました。なんか、自分のネガティヴでダークな部分が出てるなと思います」
どういうところがネガティヴでダークだなと思います?
「うーん、〈深く浅い息を吸って〉とか、自分を落ち着かせるために息を吸うんですけど、僕は呼吸が浅くて、深く深呼吸してるつもりなのに身体の力がずっと抜けないんですよ。で、この曲もずっと緊張が解けてないなと思うんです。敏感というか、自分を解放できないネガティヴさというか。そういう気張ってるところが出てるかなって」
〈理不尽なことだって 頷いて 押し込んで〉とか〈大丈夫を纏う〉とか、何かを我慢してるような歌詞もありますよね。
「例えば、バイトとか仕事してる中で、『これできる? 大丈夫?』って言われたら、『できません!』とは言えないじゃないですか」
なかなか言いづらいですよね。
「とりあえず笑って『大丈夫』って言ってるけど、その顔の下では泣いてる。でもそういうのって自分だけじゃないと思うんですよ。みんながみんなプライベートも仕事も思いどおりにいくわけないと思うんで。それぞれがちょっとずつ我慢して、頑張って歯車をかみ合わせてる。そうやって頑張ってる人がいるのを『わかってるよ』って言いたいというか、〈ああ、私だけじゃないんだな〉って思ってもらえたらいいなって」
辛かったり苦しい思いは、世の中が廻っていくために必要だと思います?
「それは絶対そうですよね。みんながやりたいことだけやってたら、廻らないですもん。やりたいことをやるために好きな仕事に就いても、苦手なこともやらなきゃいけなくなったり、付き合いたくない人とも関わらなきゃいけなかったり。みんな生きるために何かしら無理して頑張ってるから成り立ってる。それってすごいことだと思うんです」
だから、辛かったら逃げてもいいよ、とは唄わないですもんね。そばで優しく見守ってる感じというか。
「まあ逃げてもいいと思うんですけど、僕がやるべきことは肯定してあげることだなと思うんです。辛い時に逃げてもいいよって言われても、だいたいが逃げられる状況じゃないと思うんで。それなら『わかってるよ。今日も頑張ったんだね』って言ってあげたい。こんな24歳のやつに言われても、何がわかるんだって思うだろうけど……でも僕も24歳なりに経験してきたことはあるし、逃げるのが下手くそだから気持ちはすごくわかるんで」
わかるよって唄いたいのは、自分がそう言われたい、っていうのとイコールですか?
「ああ、それとはちょっと別な気がします。自分だったら、女性ヴォーカルの透き通った声で、頑張れ!って言ってもらったほうが、〈はい、嫌な気持ち終わり!〉みたいな(笑)」
そっちのほうがスッキリすると。
「そうですね。でもthe shes goneで自分が唄うとしたら、そうじゃないなって。好き嫌いと向き不向きがイコールじゃないのと一緒で、頑張れー!ってバーンと言える度量は今の僕にはないので」
今の自分にできるのはこういう寄り添い方だと。
「はい。なんか……面倒くさいですよね(笑)。カッコよく、頑張れ!って唄えたらいいんですけど」
兼丸くんはそうじゃなくていいと思います。わかりやすく励まさなくても、ちゃんとわかってくれる人がいるっていうだけで気持ちが楽になることってあるから。
「そうか。なんか、ありがとうございます」
この『FACE』というタイトルにはどういう思いをこめましたか?
「これは曲が揃ってからつけたんですけど。今回のミニアルバムの曲って、1曲通して何かが起きてるわけじゃなくて、〈春の中に〉のように声にならない感情を書いてたり、ただ悲しいことをいろんな角度で言っていたり、これまでより少し深い部分に入れたんじゃないかなと思って。調べていたら『FACE』には〈向き合う〉っていう意味があって、それでいいなと思ったんです」
目に見えてる顔や表情だけじゃなくて、その奥にある感情や心と向き合うというか。
「そうですね。しかも『FACE』って単語が足されると違う意味の言葉になることが多くて。だから、タイトルみたくアルバムを聴いてくれた人それぞれの毎日にそれぞれの意味が加わったらいいなと思います」
文=竹内陽香
NEW MINI ALBUM『FACE』
2020.10.28 RELEASE
01 春の中に
02 ふためぼれ
03 alcohol
04 Orange
05 ディセンバーフール
the shes gone オフィシャルサイト http://theshesgone.com/