生きてさえいればって思う一方で、ライヴができなきゃ生きてる意味がないと思う自分もいて
肝心の「aranami」はどうなんですか? こっちの歌詞もかなり明確ですけど。
「これはその始まりというか。ここ1年で変化の中での始まりに近い曲ですね」
バンドマンが弾き語りをやるようになると、何かしら影響があるみたいですね。唄い方だったりメロディだったり歌詞だったり、やっぱり目の前にいるお客さんと同じ目線の高さになるじゃないですか。
「そうですね」
そのぶん唄うこともパーソナルになっていって。だからこの2曲も目の前にいる人に訴えかけてるような印象があります。
「確かにそうですね」
「象牙の塔」の最後に〈壊して作る人になろう〉って呼びかけてるじゃないですか。ライヴのMCでも呼びかけたりしない人が(笑)。
「そうですね(笑)」
誰かに呼びかけたり、もしくはみんなを引き連れていくような強さが歌にあっても、今までの猪狩くんはそれを直接言わない人で。でも「aranami」は自分が思ってることをはっきり表明してるし、「象牙の塔」では相手に呼びかけている。そこは今まで違うと思います。
「そう言われると……最近の曲は全部そういう傾向にありますね」
そんな自分をどう思いますか?
「どう思うか…………まぁ、どうとも思わないですね(笑)」
あはははは。
「というのも今やってることに夢中というか。だから今の自分と過去を比べてどうこうってあんまり思わないかな」
なるほど。あの、僕が「aranami」の歌詞ですごく気に入ってるフレーズがあって。〈新しい毎日と後悔が 代わる代わる押し寄せる〉っていうところなんですけど。
「あ、そこは僕も一番好きなところです。最初は歌詞になかったフレーズで、最後にそこを書いたんです」
すごく猪狩くんらしい歌詞だと思ったんだけど、「今やってることに夢中」っていう今の発言もこの一節と重なるような気がします。
「思ったことをそのまま書いただけなんですけど……で、この歌詞に今の自分がすごく……助けられているというか」
どういうところに?
「要は1年前に書いた自分が、まるで世の中が今みたいな状況になるのをわかって書いたかのような感じがあって」
〈代わる代わる押し寄せる 波のような毎日が〉とか〈ここで生きてく証だ〉とか?
「そうです。改めて最近聴いてみて、そう思いました」
さっき過去の自分と比べないぐらい今に夢中だって言ってたじゃないですか。でもここでは〈新しい毎日〉とセットで〈後悔〉がある日々だと唄ってる。つまり前ばっかり向いて生きていけるわけじゃないっていう思いがあるけど、それこそが〈生きる証だ〉と断言していて。
「ここで使ってる後悔っていう言葉は、生きていく上で必要な物事というか、切っても切り離せないものというか。新しい毎日と同じぐらい絶対に訪れるものというか」
必要悪みたいなもの?
「例えば何か買い物をしたら必ずそれはゴミになってしまう、とか。バナナを食べたらどうしても皮は残ってしまう、とか。そういう感じですね」
表と裏みたいなことですね。
「そうです。どれだけその時最良の選択を取ったとしても、間違いなくそれに付随してくるもの。つまり後悔そのものが悪いとかマイナスとかそういうものではないイメージで」
なるほど。で、そんなフレーズに今の自分が助けられてるって言いましたけど、まさに僕もそうで。こんな状況だからこそ、いつもと言葉の刺さり方が違うというか。
「そうですよね……あの、世界はこんなだけど、かたや地球はキレイになってるっていうのをニュースで知って〈まぁそうだよな〉とか思いつつ、かたや……札幌のライヴハウスが閉店したじゃないですか」
COLONYですね。tacicaのホームと言ってもいい小屋ですよね。
「すごいお世話になったところで。だからショックだったんですけど…………」
……けど?
「うーん、これ説明するの難しいなぁ」
今すごく大事なことを言おうとしてる気がするんで、頑張って説明してください。
「うん…………あの、1人の人間として語る自分と、バンドマンとして語る自分に、矛盾が出てくるんですよ。世の中がこういう状況になると、そのことに対して自分で説明ができないから、今すごいもやもやしてて。やっぱ1人の人間として自分のことを考えた時、家族もいるし、ほんとに生きてさえいれば、命さえ大丈夫であればっていう願望がある。でも一方で、やっぱりライヴはやりたいし、音源も作りたい、それができないんだったら生きてる意味なんてないって思う自分もいて」
そうですよね。地球がキレイになるのはいいけど、自分の大切な場所だったり大好きなことが奪われていくのは嫌だし。
「例えばtacicaの音楽を聴きにきてくれるお客さんに対して、僕らがこないだのライヴを強行したら、危険を顧みず観に来てくれる人がいるのは想像できるし、それをわかった上でライヴをやろうとする自分はどうなんだ?って思うし。で……今はひたすら家で曲を作ってるんですけど」
だから刺さるんですよ。〈新しい毎日と後悔が 代わる代わる押し寄せる 波の様な生活が〉っていうフレーズが。自粛要請が出てるのに営業してる居酒屋の店主とか、絶対こういう気持ちだと思うし。
「そうですよね。やっぱり……いい歌詞書いたんだな(笑)」
図らずしてね(笑)。そこだけじゃなくて歌詞全体もすごく明快でわかりやすい。〈暗闇を照らすよ〉とか〈等身大〉なんていうありふれた言葉、今までの猪狩くんだったら絶対使わないでしょ?
「ありふれた言葉をあえて使うことで自分を試してるというか。ありふれた言葉をありふれた表現で終わらせないことはできるのか?みたいな。で、今の自分だったらできるような気がして」
昔はできなかった?
「自分の中でNGにしてた言葉がいっぱい詰まってる箱があって、最近NGワードの箱を覗いてみたら、〈あれ、なんでこれNGなんだ?〉っていうのがたくさんあって。しかもそのNGワードの箱がけっこうパンパンになってて(笑)」
はははは。
「それこそNGワードだけでアルバム1枚作れちゃうぐらい。でも今は、かつての自分がありふれた言葉に抱いていた雑念みたいなもの、つまり言葉の意味じゃなくてイメージみたいなものに囚われなくなったというか。純粋なその言葉の意味だけど、今だったらちゃんと伝えることができるんじゃないかって思います」
そういう自分の変化もあれば、こうやって強制的に変化を迫られる今の状況もあり。でもそれが生きることだって、この曲が言ってくれてるような気がします。
「そうですね……俺、いい歌詞書いたんだなぁ(笑)」
文=樋口靖幸
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