自分を受容した中でベストを尽くして、その先にある未来の自分を信じる努力をする。そこを大事に生きていたい
うん。頭だけで作られた印象はないです。
「そう。たとえば〈いままで聞こえなかった声〉って歌詞は、知識としては知っていたけど、その人の声を僕が聞いてなかったこと。なぜかと言うとその人の声が小さいんじゃなくて僕が聞こうとしてなかった。シリア難民の話もそうだし、いろんなマイノリティの話もそうで。知ってはいたけど、僕が本当にわかろうとしなかった。そういうものが今、押し寄せてくる実感があるんですね。いろんなものが〈お前は無知だ〉〈お前は軽率である〉って自分のバカさ加減を知らせに来るんですよ(苦笑)。それって嫌なことだけど、僕は大事だなと思っていて。世の中には自分の計り知りれない世界、手の差し伸べようのない世界もあることを知って、どう向き合っていくか。どこまで行っても辻褄が合わないことも、この世界を生きることのひとつだと思うんですね。〈辻褄が合わないよ〜〉って嘆き続けるのは怠慢だと思うし。だから、自分のやれることを精一杯やりながら、〈僕〉と〈僕ら〉の間を行き来しなきゃいけない」
〈僕〉と〈僕ら〉の間?
「これは本で読んだ話ですけど。明治以降ですよね、個人という概念、西洋的個人観が輸入されたのは。で、個人の幸せや権利だとか、そういう個人の価値を有効化、最大化していく中で、どんどん〈俺たち〉が無効化されていくんですよね。それは都会ならでは、現代ならではのことだけど。今、もちろん〈俺はこう思う〉〈俺はこうだ〉っていう意見は必要だけど、それと同時に〈じゃあ俺たちだったら何が一番いいんだろう?〉ってことも考えなくちゃいけない気がするんですよ。じゃないと、もう個人というより孤独感のほうが強い世の中になっちゃってる」
それは、ゆるい繋がり方、みたいな解釈でいいんですかね。みんな足並み揃えましょう、って話ではないよね。
「じゃないです。単純にいろんな奴がいるんだよ、っていう話です。なんか新自由主義、俺の利益、俺の生き方、みたいなものもあるけど、そうじゃなくて〈俺たちだったらどれが一番具合がいいわけ?〉って。で、その〈俺たち〉の規模が広がって〈これだけの俺たちはどれが具合がいいわけ?〉になると、いろいろ保留せざるを得ないし、そのあいだは争わなくていい。でも保留すらできないくらい今は孤独な個人同士が火花を散らしてて。周りをちゃんと見て、〈俺〉と〈俺たち〉の間を自在に行き来できるメンタリティがないと、世の中をちゃんと見れなくなっちゃう。〈ここ〉が世界のすべてになっちゃうから」
うん。まさに今の問題だと思いますよ。時期的に考えてこの作品がコロナ禍と直接関わっているとは思わないけど、今の時代のムードは確実に音に反映されていて。
「あ、関係してると思いますよ。僕が日々を生きてるし。あとこの制作って1月くらいから始まったんですよ。コロナに関するニュースとかも、制作とともに進んでいった感じ。昨日まではOKだったことも今日からダメになっていったり。今は強い言葉や身振りで白黒はっきり付けて、どっちに進めばいいか教えてくれる人をみんな求めてて。自分が信じてしかるべき新しい物語がまだ用意されてないまま〈これまで〉が終わっちゃったじゃないですか。だから『At The Beginning』ってタイトル、まさに問題が起こった瞬間の話に過ぎなくて。〈だからどうなの?〉っていうところまでは僕も正直わからないし。そこはけっこう素直に出てると思います」
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「Dead Heaven」には〈答えはなくヒントだけがある〉という一節があるんだけど、小林くんがヒントだと思ってるものって、たとえば何ですか?
「今だったら、家にいることが、自分と自分以外の人たちを守ることに繋がるわけですよね。何かをしないのに、誰かのために何かをしてることになる。もう人との繋がりってもの自体を、解釈し直さざるを得ないじゃないですか。あと、その歌詞がなんとなく思い浮かんだのは読んでた本の影響もありますね。『デュシャンの世界』って(カバンから取り出して見せてくれる)」
うわ、年季の入ってそうな本だ。
「マルセル・デュシャンの対談集。答えがある、っていう前提を疑うというか。答えがあると思うな、辻褄が合うと思うな、みたいな(笑)。要約するとそういうことが書かれてる」
うーん、難しいよね。こういうこと知るのは大事だけど、考えれば考えるほど混乱していきません?
「混乱しますね(笑)。でも知らなかったことを知っていくたびに、それまで信じてた物語は成立しなくなるから。それが今抱えてる一番の問題なのかなって思いますよ。宗教とは違う、新しい言葉がないと、人は何かを信じなくなる」
でも音楽、特にロックなんて宗教的になりがちでしょう?
「むしろ宗教化を目指すべきだと思いますよ。ブランドも含めて」
あぁ、むしろ毅然としてそうありたいと。
「世界観が確立されていて、そこに流儀があって秩序があって、美意識がある。それを信じられるっていうこと。それって宗教以外の何物でもないですよね。宗教って言葉に抵抗ある人も多いから、何か新しい言葉が必要なんだろうと思うけど」
何だろうね。祈りなのか連帯なのか。あるいは指針ぐらいの言葉でもいいのかもしれないけど。そういうものの準備を始める作品だっていうのは、すごくよくわかります。
「うん、そうですね。で、そういう自分を受容する」
受容?
「自己肯定感って、今の人たちが持つべき課題、みたいによく言われてるじゃないですか。でも自己肯定って相対的な個人というものにすごく縛られた言葉で。〈あいつと比べて俺はこうだから〉って考えるのは、自己肯定とは真逆のことだと思うんです。だから本当に必要なのは自己受容だと思うんですよ。自分はこれである、これ以外にはなりようがないんだ、って受容すること。その中でベストを尽くして、ベストを尽くした先にある未来の自分を信じる努力をしたいなと思う。そこを大事に生きていたい。で、〈誰かみたいになろう〉っていうのは呪いの十字架にもなっちゃうんですよ。たとえば僕がhydeさんになれないってずーっと思ってたこととか」
ははははは。初期の頃ね。
「毎日〈hydeさんだったらどうするかな?〉〈hydeさんがこの色着てたからこっちだな〉とか、まさに十字架に縛られてた(笑)。理想に向かうことが目的になってたと思うし。でもそうじゃなくて、hydeさんに影響を受けたことでいろんな気付きを得た、その自分をまず受容しようと。今の自分がいいと思うものは、影響を受けてアップデートできた自分がそう思えるようになったもので、それは呪いではなく祝福であるっていう考え方。そこに筋を通すためにも、自分が卑しいことをせず幸せにならなくちゃいけない。それを今、考えてますね」
文=石井恵梨子
NEW ALBUM『At The Beginning』
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01 Rainbow
02 薔薇と子供
03 理解者
04 Dead Heaven
05 消失点
06 楽園
07 New York
08 Hamletmachine
09 開け放たれた窓
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