新作がリリースされるという告知がされた時、そのヴィジュアルに思わず二度見してしまった。ド派手な衣装をまとったアユニが2人。スペイシーな背景を前に、1人は真顔、もう1人はニヤっと口角をあげて並んでいる。前々作、前作と荒々しいガレージロックを鳴らしていた彼女は、一体どこへ行こうとしているのか? 急激な方向転換をせざるを得なくなってしまったのか? さまざまな疑問が頭に湧き上がってきた。
しかし、同時にMVが公開された「感傷謳歌」、そしてEP「衝動人間倶楽部」を聴いて、そんな疑問は一気に吹っ飛んだ。これはアユニが新しい扉を開けて、これまで見たことない景色を見ようとしているんだ、と。
BiSHのアユニ・Dによるソロプロジェクト、PEDRO。始まりは事務所の社長兼プロデューサーの渡辺淳之介氏による「ベースやってみない?」という一言だった。彼女が率先して音楽やバンド、ベースをやろうとしたのではなく、言われるがまま始まったプロジェクトである。そこへ、田渕ひさ子(ギター/NUMBER GIRL、toddle)、毛利匠太(ドラム/SCRAMBLES)が参加し、3ピースのバンドへ。ベース初心者で、ロックにもあまり詳しくなかったアユニは、PEDRO始動、2人との出会いを通して、自分は何が好きなのか、心が楽しくなるものは何なのか、を発見していく。
1枚目『zoozoosea』、2枚目『THUMB SUCKER』では、粗々しいバンドサウンドと鬱屈とした感情を吐き出すようなアユニの歌があいまったガレージロックを展開。『THUMB SUCKER』で初めて取材した時、このロックを必要としている人が鳴らす曲だと強く感じた。ここに自分がいること、これがやりたいというエネルギーが不格好ながら爆発していたからだ。その後の〈DOG IN CLASSROOM TOUR〉。「ツアーは怖かったけど、田渕さんや毛利さんや周りの人に支えられて、すごく楽しい夏になった。いろんな出会いがあって、続けていくことには意味があるんだって気づいた」とMCで語った彼女の表情は、ものすごく輝いていた。
そして、新作「衝動人間倶楽部」。タイトルと、過去の作品にならって、これまで以上に衝動的で、感情を削り出すような一枚を予想していたが、見事に裏切られた。冒頭で触れた「感傷謳歌」は、オルタナティヴ/ガレージの匂いは残しながらも、キャッチーなメロディが新しい風を呼び込む一曲。MVでは、例の衣装を着たアユニが、右脳ちゃんと左脳ちゃんに扮してコミカルな演技まで披露。サビで〈意味ない事なんてこの世界にはない 生きていればいつかきっと 良いことがあるらしいが 良いことは生きていないと起こらない やってやろうじゃないか〉という前向きな言葉を紡いでいることにも驚かされた。毎日がつまらない。生きてても楽しいことがない。そんな価値観で学生時代を過ごしていたアユニからは想像できない歌詞だが、そのことについてアユニはインタビューでこう話してくれた。
「自分は今まで〈世界はつまらないな〉って思ってたんですけど、世界がつまんないんじゃなくて、自分がつまんないんだなっていうのに気づいて。置かれた場所で咲かないと人生損してるなっていうのは、最近すごい思います」
「松隈さん(松隈ケンタ)からいただいたデモがポップなサウンドだったので、ポップな言葉を入れたいなと思って、自然と出てきたものを書き留めました」
BiSH、PEDROとして過ごしてきた時間が、彼女の価値観を少しずつ変え、松隈ケンタの曲によってそれが解放されたのだろう。衝撃的なMVも、監督の山田健人氏のアイディアを受けて、これまでの自分のイメージと異なるけれど、それもやってみようと思える思考が生まれているということ。だからこそ、「自分だけのアイディアだったら絶対行けない場所だったと思うんで。そうやって私の価値観を広げてくれたり面白いことを考えてくれるチームの方々は尊敬しますね」と彼女は言っていた。
2曲目「WORLD IS PAIN」は「感傷謳歌」とは対照的に、ど頭で歪んだギターとベース、攻撃的なドラムが炸裂する1曲。歌詞も、怒りや寂しさや破壊衝動が滲み、アユニの奥底に染みついている感情が敷き詰められているよう。3曲目「無問題」も、ザラついたサウンドのうえで、何かを始める一歩目についてシニカルとユーモアを交えて唄われている。
さまざまな人の力を借りて、いろんな表情を見せるアユニ。それは、ラストの「生活革命」へ集約されていく。澄んだギターのアルペジオから始まるミドルナンバーで、男女の日常を繊細に描いたストーリーからは、物語性をもった歌詞を生み出せるようになったアユニのソングライターとしての成長も感じるが、その中で彼女はこう紡いでいる。
〈ひとりで四角い部屋に収まってたけど/君となら宙を舞いどこへでも行けた〉
〈ひとりで四角い地図に収まってたけど/君が地図にない場所連れてってくれた〉
宮崎夏次系という漫画家の作品にあった「僕たちは結局四角い地図に収まってるんだね」というセリフがきっかけで生まれたというフレーズ。
「(漫画の中では)この世界から抜け出せないみたいなマイナスな意味で書かれてたんですけど、私はその言葉を読んで、今まで一人で小さな世界に閉じこもってたけど、BiSHとかPEDROをやってたくさん知らない世界に行けたなっていう、反対の意味で捉えて」
「生きてるか死んでるかもわからない私を、みんなが外の世界に連れ出してくれた」
つまらない、楽しくないと感じていたモノクロの日常から、多くの人に手を引っ張ってもらい、足を踏み出して見えてきた新しい景色。「みんなのおかげ」とアユニは言うが、彼女自身が人から言われて手にしたベースを心から好きになり、文字通り血のにじむような練習を重ねて、ベーシストとして自我が芽生えてきたからこそ、感じられる部分でもあるのだろう。
怒られるのが怖くて、枠をはみ出さずに生きてきたアユニが、バンドを通して気づいた衝動性と、前作やツアーの中で気づいた自身の嗜好、そして周りの人たちの力を借りてPEDROの可能性を広げようとした「衝動人間倶楽部」。ツアーは残念ながら全公演中止になってしまったが、きっと今も彼女は家でずっとベースを弾いているだろう。ツアーの代わりとして、無観客ライヴを検討していることがHPでは発表されている。なかなか前を向きづらい状況ではあるが、少しのきっかけで見える景色が変わることをアユニが、「衝動人間倶楽部」が教えてくれる。今はこのEPを聴いて、またライヴハウスでPEDROの演奏が聴ける日を待ちわびたい。
※ここで語られているインタビューは、音楽と人5月号に掲載されています。
文=竹内陽香
FIRST EP「衝動人間倶楽部」
NOW ON SALE
01 感傷謳歌
02 WORLD IS PAIN
03 無問題
04 生活革命
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PEDRO オフィシャルHP https://www.pedro.tokyo/