【Live Report】
フジファブリック〈金澤ダイスケ生誕祭 -Flyaway-〉
2020.02.09 at EX THEATER ROPPONGI
「楽しい時は誰よりも笑い、悲しい時は誰よりも悲しんでくれる素直な人だから、みんながあなたに付いていきたいと思えるんだと思います」
先月9日に開催されたフジファブリック・金澤ダイスケの40歳の誕生日を記念したライヴで、山内総一郎が金澤に宛てた手紙にはこのように綴られていた。公演名は〈金澤ダイスケ生誕祭 -Flyaway-〉。バンド史上初の生誕祭ということで、開催の報せを聞いた時はどんな公演になるのかまったく想像がつかなかった。しかし蓋を開けてみれば、笑いあり、涙ありの愛に包まれた素晴らしい時間だった。
開演前、モニターに映し出されたのは、とある家族連れが食事をしているほのぼのとした映像。どこかのレストランの宣伝だろうか?と思っていたら、「茨城県大子町」「くれしぇんど」のテロップ――それは金澤の実家が経営しているレストランの店名である。つまり、くれしぇんどの宣伝だったのだ。ド頭から今日は「金澤ダイスケのための日なんだ」と言わんばかりの手の込みよう……この時点で楽しすぎる。期待はますます膨らむ一方だ。定刻を過ぎ客電が落ちると、突如として流れたVTR。それは昨年開催された大阪城ホールワンマンでのアンコールで、生誕祭の開催が発表された時にも流れたあのVTRだった。某映画のテーマ曲をバックに、パイロット風の格好でスカイダイビングに挑む金澤。濃い色のサングラスをかけているため表情は読めないが、「大きく飛躍するという意味を込めて、飛びます」と語る彼からは、40歳という年齢を迎えるにあたっての強い意志が感じられた。その後、画面に浮かんだのは「Fourty」の文字。そしてステージ上に現れたのは、お揃いのツナギを身に纏った山内、加藤慎一、そしてサポートドラムの伊藤大地だ。金澤がパイロットならば、3人は整備士といったところだろうか。主役不在のまま彼らが奏で始めたのは「恋するパスタ」のイントロ。その直後ノリノリで登場したのは、先ほどのVTRと同じパイロット姿の金澤。ハンドマイクを片手に、ステージ上を練り歩きながら気持ちよさそうに唄っている。その後「スワン」で山内にヴォーカルをバトンタッチ。しかし、あくまで主役は金澤なので、今日はキーボードがセンターに配置されている。新鮮なフォーメーションのまま、続けて「ポラリス」が披露された。
本日初のMCで、山内が「俺たちの衣装は整備士で、ANAじゃなくてKANAって書かれてる」などと細かいディテールを説明してくれたのち、金澤の幼少期から最近の写真で構成された、これまでの歩みを振り返るVTRが上映された。BGMにあわせて金澤が音楽に目覚めた分岐点などもテロップで紹介。中学生ぐらいの金澤を見て「もう既に完成されてるね」と気づいたり、これまでに知ることのなかったであろうメンバーの過去に触れて、驚きを見せたり楽しそうに会話を繰り広げる彼らはとても微笑ましかった。
続いて「かくれんぼ」が披露されると、穏やかな空気が会場をじんわりと包み込んでいく。さらに「プレリュード」や「robologue」を披露。すでにおわかりの人もいると思うが、今日は金澤が作った曲だけでセットリストが構成されているのだ。その後、バンド内でずば抜けてコスプレに挑戦する頻度の多かった金澤がこれまでに挑戦したコスプレを振り返るVTRが上映されたのだが、VTRが終わるやいなやステージ上に現れ「もののけ姫」をハイトーンヴォイスで響かせる彼は、いつのまにかハーネスも装着しており、みるみるうちに空中へ吊り上げられていく。まさにFlyaway。フジファブリックのライヴに来ていることを忘れてしまいそうな、どこかミュージカル色の強い演出だ。無事に着地し、満足気にステージ袖へ捌けていった金澤に対して「何やったんや、あれ」と言いつつも「ダイちゃん、よかったね」と言葉をかける山内と加藤の懐の広さには思わず痺れた。
その後、金澤はLEDがキラキラと点滅するショルキーを手にして、「フラッシュダンス」や「バタアシParty Night」を披露。特に「フラッシュダンス」は久しぶりに披露されたこともあり、会場のボルテージは一気に上昇。観客の高揚感をさらに煽るように「今日はスペシャルゲストがいます!」と金澤からお知らせが。登場したのはASIAN KUNG-FU GENERATIONの伊地知潔だ。金澤とは料理をテーマとした雑誌の連載「SESSION IN THE KITCHEN」を通じてもともと交流があったが、今日はステージ上でバターチキンカレー作りに挑戦するという。「オファーを受けた時、ビックリした。料理のほうか!って」と語る伊地知。そう、彼は音楽ではなく料理のセッションのために呼ばれたのだ。山内、加藤、伊藤による「君という花」のインストをバックに、淡々とカレー作りを進める2人。使われる材料も、鶏肉の水煮の缶詰、パセリ、ケチャップ、生クリーム、カレー粉のみであったため、途中カレー粉をステージにぶちまけるというハプニングに見舞われながらも、あっという間に完成した。早速、3人にも試食してもらうことに。「おいしい」と嬉しそうに加藤が味わう一方で、「たけのこ入ってる?」と問いかける山内。会場中が、まさにキョトンとしか言いようのない空気に包まれる中、「鶏肉の繊維かな?」とフォローする金澤だったが、山内が口にしたのは本当にたけのこだったのだろうか。鶏肉の水煮とたけのこの水煮がひとつの缶詰の中に入っているものは実際に売っているので、山内の名誉のためにも本当にたけのこが入っていた可能性もゼロではないことをここに記しておきたい。
しかし金澤生誕祭、いざ始まってみても何が起きるのかまったく想像できない。完全にライヴの域を超えている。続いてマジシャン風に変身した金澤が登場し、披露されたのは「Magic」。ハットの中から鳩を出したり、胴体が切断されたかのように見える本格イリュージョンまでも繰り広げられた。「Magic」の中にある一節〈ドキドキずっとしてたいだから/今を味わってみて〉の相乗効果だろうか? いまだにこのマジックショーの時に味わった緊張感が消えない。それに、今後この曲を聴くと間違いなくこの日を思い出すし、よりこの曲への愛着度が増した人も多いのではないだろうか。やはりフジファブリックというバンドは、曲を育てる力があるというか、曲をリリースしたらそれで終わり、ではない気がする。リリースから何年か経ったのち、このようにライヴを通してだったり、さまざまな要因が絡んで、さらにその曲を愛おしくなる感覚に陥ることがとにかく多いのだ。バンドが持つ不思議な魅力を感じつつも、その後は金澤の「星降らせちゃうから!」という煽りから「星降る夜になったら」と「SUPER!!」が披露され、とてつもなく濃密な時間は一旦終了した。
自然と沸き上がった「ダイちゃん」コールの中、姿を現したのは金澤。「生誕祭で何をやりたいかと聞かれて、『飛びたい』と言ったら飛ぶことができて、『料理をしたい』と言ったら料理ができて、『マジックをしたい』と言ったらマジックもできて……これは夢なんじゃないかと思っています。皆さんありがとうございます!」と改めて感謝を述べた。その後、再び山内、加藤、伊藤を呼び込むと、「僕から言いたいことがある。君と出会って21年近く経ちますが、人生の半分くらいを一緒に過ごして、苦楽も共にしてきたけど、本当に出会えてよかったなと思っています」と伝えたのは加藤。いつも穏やかな彼が自ら切り込んでいき、真っすぐに思いを語る姿にはグッときた。そして、感激のあまり「ありがとう、慎ちゃん!」と勢いよく抱き着く金澤。続いて山内も、前日のライヴの終了後に綴ったという手紙を読み上げた。初めて会った時から変わらず優しく接してくれていること、金澤の人柄だからこそみんなが付いていきたいと思えること、そして、フジファブリックが楽しく温かくあり続けているのは金澤のおかげであること――またしても感激のあまり、抱き着きに行こうとした金澤を「しかーし!」と制する山内。身体を労う言葉や、年明けの恒例行事「メンバーだけで寿司屋に行く」のセッティングを催促し、その後2人はめでたくハグをした。金澤は「ありがとう。額に入れて飾ります」と返していたが、その時に金澤が零した「ありがとう」は、素のありがとうだった気がした。胸がいっぱいなあまり、絞り出すようなその声からは、今日だけじゃなく、彼の中で数えきれないほど積み重なっていたメンバーへの感謝の気持ちが、確かに言葉に乗っていた。
感動的な空気の中、「お知らせがあります」と切り出したのは加藤。なんと〈加藤慎一生誕祭〜もしも願いが叶うなら〜〉を、8/2に彼の地元である石川・金沢で開催するという。予想もしていなかった展開に場内に驚きや笑い声が沸き上がる中、金澤生誕祭はもう終わりだ!と言わんばかりに、加藤が作った曲「ゴールデンタイム」が披露された。金澤に限らず、メンバー全員のキャラが強いのもこのバンドの魅力であることを今一度痛感しつつ、金澤生誕祭は無事に幕を閉じたのだった。
「自分のためにやって、それが結果的にみんなのためになればいいというか。ややこしい言い方だけど……〈誰かのために自分らしくいる〉っていう感じですかね」
発売中の『音楽と人』3月号のインタビューで、今後バンドとして目指すべきことを問われた際、金澤はこのように語っていた。まさしくこの生誕祭は、彼が語ったこの言葉が具現化されたような時間だった。生誕祭の中で、彼は「自分がやりたいことを詰め込んだ」と語っていたが、ただやりたいことを詰め込むだけじゃなく、やりたかったことを実現できた瞬間、誰よりも楽しみ、はしゃいでいたのが金澤だった。やりたいことをとことんやってもらいたいと思えるのは、冒頭の山内の言葉にもあるように、彼の素直な人柄だったり、天性の魅力があってこそなのだろう。それに加えて、それを受け止めるメンバーやスタッフの温かさがあってこそ成立したのがこの生誕祭だ。互いを思いやる優しさのある彼らが、さらなる飛躍を遂げるのは言うまでもない。
文=宇佐美裕世
写真=西槇太一
【SET LIST】
01 恋するパスタ
02 スワン
03 ポラリス
04 かくれんぼ
05 プレリュード
06 robologue
07 フラッシュダンス
08 バタアシParty Night
09 Magic
10 星降る夜になったら
11 SUPER!!
ENCORE
01 ゴールデンタイム