インタビューで会うたびに、藤森元生(ヴォーカル&ギター)の表情が明るく精悍になっていくのは感じていたが、SAKANAMONの最新作『LANDER』に、ここまで前向きで肯定的な曲が多く並ぶとは意外だった。学生時代から鬱々としたものを溜め込み、音楽にその薄暗い部分をぶつけていた青年はここにはいない。どこかモヤモヤした部分は残しながらも、自分を俯瞰して、これが俺だ!と主張するよりも前に、お前のそういうところもわかるよ、と相手を受け入れる余裕すらある。そんな藤森の変化に、そういう気持ちになれてよかったな、と思う反面、ダメなところをさらけ出していた以前の彼も恋しくなったりするが、話を聞いてみると、決して変わってしまったというわけでもなさそうだ。彼が抱える鬱々とした感情はまだどこかに眠っている。だからこそ今は、この作品が多くの人のもとへ着陸することを願っている。
(これは『音楽と人』2020年3月号に掲載された記事です)
近況から教えてください。
「去年サウナにハマったんですよ」
お、サウナいいよね。僕も30年前から通ってます。
「おお〜先輩! 夏に初経験して、そっからアホみたいに行ってて。ハマって2週間くらいは行きすぎて痛風になりました(笑)」
え、サウナって痛風になるの?
「汗かきすぎると良くないみたいで、尿酸値上がるらしいです。ちゃんと水を飲まないと。もちろん日頃の酒とかラーメンが祟ったのもあると思うんですけど」
サウナでトドメを刺されたわけだ。
「はい。足痛ぇ〜って言いながらサウナ入ってました」
入るな(笑)。
「でも今は大丈夫です。僕一度ハマるととことんやるタイプなんですよね。身体壊すまでは入り続けます」
気をつけてください。そしてアルバムが出ますが、これはいつ頃から作り始めたんですか。
「前回の『GUZMANIA』の時に録ってた曲も入れてるんで、地続きでやってた感じですね」
前回は10周年が終わって迷いがあったという話をしてましたけど、そのへんはしっかり吹っ切れて作れた感じ?
「『GUZMANIA』で大丈夫だ!ってなってからは、ずっといいモードでした。非常に健康的に、面白いと思ったものをポンポン作ってみようみたいなノリで、ノンストレスでできていったんですよね」
藤森くんはストレスが多少あるほうが面白いと思うけど。
「え、そうなんですか?」
このアルバムって非常に肯定的な曲が多いですよね。
「あ、それ他の人にも言われました。肯定してる曲はこれまでにもあるんですけど、たしかに今回如実に出たなっていう。しかもそこに卑屈感が不思議となくて」
そう! 俺が好きな卑屈な藤森はどこへいった!
「あははははは! それこそサウナのおかげというか、汗かいてストレス発散できてるんですよね。ツアーの辛い時とか、曲作りの時とか、ちょっと疲れてもサウナ入るとだいたい解決するんで。健康的っていうのはそれもありますかね」
じゃあ明日からサウナ禁止!
「やだ~!(笑)」
でも、本当にスッキリしてますよね。自分はこうだ!って出すよりも、物事を俯瞰してるような歌詞も多いし。
「そういう曲もありますね。でも、うう~辛いっていう時に書いてる曲ももちろんあるんですよ。〈CORE〉とか〈コウシン〉とかは、けっこう前に作った曲なんで」
たしかに「コウシン」はアルバムの中でも藤森くんらしい部分が出てる曲で。これはいつぐらいにできた曲?
「去年の頭くらいですね。10周年でみんなに助けてもらいっぱなしの1年を過ごして、11周年で〈さあ次どうする?〉ってなった時に、自分たちで考える力が完全に抜け落ちてしまいまして。3人で、どうする?って言ってるだけで、まったく進まなくて。これはちゃんと自分で考えて動く自覚を持たなきゃいけないなと」
11年目にしてやっと!(笑)。
「これまで手を握って歩かせてもらってたことに気づいてなかったんですよ。〈どうすればいいんだ?〉ってなって初めて、ちゃんと自分たちで歩かないといけないって気づいて。よし、自分たちをアップデートだ! 更新だ!って」
それで、進んでいく、更新していくっていう決意表明をこの曲でしようと。
「引っ張ってもらってばかりでしたからね、これまでは」
僕はそうやって人に甘えまくって、ダメだなこの人、みたいな感じが魅力的だなと思ってたんですが、こうしてインタビューで会うたびに藤森くんの顔が精悍になっていってて。
「お、自立してきましたかね?(笑)。まあ本当にこのままじゃダメだっていうのを思い知らされたんで。〈どうする?〉って状態の時って、いい悪いの判断が誰もできなくなってたんですよ。メンバーもチームも、それいいねとか、それで行こうとか、自信を持って言える人が誰1人いなくて。俺も一応曲は作るけど、これで大丈夫だっけ?みたいな」
そういうところで不安が募って。
「もう怖い怖いっていう状況で。だから、こうしようっていう僕の気持ちを〈コウシン〉で示そうじゃないかと」
〈新章が〉って唄うことで、藤森はやる気だと伝えるというか。そういう気持ちになれたから、前向きで肯定感の強い曲がいろいろ生まれてった感じなんですかね。
「なんか自信ついたんですよ。去年の春に〈コウシン〉とか〈アフターイメージ〉を配信と会場限定で出して、ツアー廻ってるくらいの時に、お客さんの反応やライヴでのリアクションを見て……このままでいいやって(笑)。今まで自分がいいと思う曲をただただ出してきて、それを続けることにちょっと不安になってたけど、そのままでいいんじゃんって(笑)」
わははは。お客さんの反応を見て、無理に何かを変えようとしなくてもいいと思えたと。
「もちろん変わるところは変えていくんですけど、その姿勢とか大きなテーマはとくに変えずに自信を持ってやっていこうと思えたんですよね、不思議と。だからもとに戻った感じです」
でもそこで唄うのは、昔みたいに、俺はダメだな~とか、あれが嫌だな~とか、そういう気持ちじゃないわけですよね。
「そういうのはあんまり入ってないですね。最近そんなに嫌な思いとかしてないんだろうな。何かあったかなあ…………」
そんな思い当たらないくらい健康的なのか。
「でも最近気づいたんですけど、僕出かける時はいつもマスクしてるんですね。で、その時にものすごい小さい声で『殺す』とか『死のうかな』とか言ってるんですよ(笑)」
ひとり言で?
「はい。べつに具体的に殺したい人がいるとか、道行く人に怒ってるとかは一切なくて、何も考えずそういうことを言ってるって気づいて。怖いなと」
そりゃ怖いわ! やっぱりこの人何か持ってる!
「はははは。でもほんと嫌なこともないし、ムカついたりもしてないし……最近の僕すごい幸せなんですよ」
幸せな人はマスクの下で「殺す」とか言わないから(笑)。でもそういう人だから、前向きな歌を唄っても、どこかに薄暗さみたいなものも感じるというか。
「ああ、そうですね。そういう部分が今は休んでるだけなのかも。根本的なところは変わってないと思うんで。まさにサウナですよ! 10周年でいっぱい熱くなって、冷たい水風呂に入って寒さを味わい、そこを抜けてととのった状態っていう」
わはははは。じゃあいつか変わることもあるというか。
「はい、今がこのモードっていう。自然とそうなった感じです。たくさんの人たちを取り入れるためにわかりやすくしようって気持ちもなければ、奇を衒おう……っていうことはずっとしてきたけど、今回はそれもとくに考えず、ただ曲があって、こうしたら面白いかなとか、シンプルな気持ちで書いてったので」
そしたらこういう前向きなものになったと。
「やっぱり自信がついたんで、今は否定されることをそんなに恐れてないんですよ。だから最強肯定モードです!(笑)。昔だったらコノヤローっていう怒りに近いものが強かったんですけど、今はそれを俯瞰してるというか。〈わかるわかる。そういう考え方もある!〉みたいになってるかもしれない」
お前のことわかるよって言いながらも、マスクをつけると。
「死ね……って(笑)」
ははははは。今日の話聞いてたら、次がドス黒いものになるんじゃないかと思ってしまう。
「可能性は全然ありますよ。次回も同じようなものを作ろうっていう意識はないので。次どこにベクトルを向けるか、それ次第ですね。今回はいろんな流れの中でたまたまこのモードに……タイトルどおり、ここに着陸したっていう(笑)」
うまいこと言わんでいい(笑)。じゃあ『LANDER』っていうタイトルはどうやってつけましたか。
「〈FINE MAN ART〉って曲の歌詞に出てくるんですけど、この曲のテーマが、着地したい、いろんな人に届く音楽だったんですよね。それで森野さん(森野光晴/ベース)が『〈LANDER〉で、いんじゃない?』って。たぶん今までだったら、こういうタイトルじゃなかったと思うんですよ。それこそ自分らしさを主張するっていうか、アイデンティティをいかに押し付けられるかみたいな感じだったんで。でもそれを考えずに、『それいいじゃん』って言えるような時代が来ました(笑)」
そういう意味ではこのアルバムって、今までの藤森くんのイメージとは、ちょっと変わった感じがあるわけですよ。
「ああ、そうなんですか」
前向きだし、心に薄暗いものがあまりない青年になってて。
「今まで相当そういうのは出してきたんで、たまたまこのタイミングで、もういいじゃんみたいな気持ちが密集したのかもしれないです。それに当時抱えてた鬱憤みたいなものはだいたい晴らせたような気もしちゃうな。だからと言って、そういうのはもう書かないってわけでもないんで、すげー嫌なこととか不安が募ればまだ出てくると思いますし」
それだけ藤森くんの歌っていうのは自分に正直なんですね。その時のテンションが出るというか。
「ほんとそうです。だから今の僕は非常に健康的ですね」
わかりました。でもサウナは少し控え気味にしてください。
「やだぁ~! サウナ行きながらストレスを溜める方法ないですかね?(本気)」
文=金光裕史