『音楽と人』の編集部員がリレー形式で、自由に言葉を発信していくコーナー。エッセイ、コラム、オモシロ企画など、編集部スタッフが日々感じたもの、見たものなどを、それぞれの視点で読者の皆さまへお届けしていきます。今回は、人見知りな編集者が、人生を変えるきっかけとなった人から学んだことについて綴ります。
ドラマ『俺の話は長い』が終わってしまった……。生田斗真演じる満をはじめ、今週末からもう彼らに会えないと思うと寂しくて仕方がない。私はこのドラマといい、悪役が1人もいない、日常を舞台にした人情系物語に惹かれる傾向がある。例えば、小説では『横道世之介』が昔から好きだ。どちらの作品も主人公が庶民的で(癖は強いが)現実的な設定に親近感を覚えるが、結局のところ自分の身にはまず起こりえない物語だから憧れるのかもしれない。
私は人見知りだ。気心知れた人はともかく、知り合って日が浅い人と話す時は「不快に思われないように」とか無駄に余計なことを考えまくって、無難な対応をとる。そのせいで距離感が掴みにくいとか、冷たい人だと思われることもある。悪循環であることはわかっているが、改善することはなかなか難しい。それに、仲良くなりたいな~と思う人がいても、自分から誘うことはできない。だから、もし自分が満や世之介のいる世界に行けたら、きっと彼らと話してみたい気持ちでいっぱいになるんだろうけど、自分から話しかけることなんて到底できず、単なるモブとして私の出番は終わるだろう。そんなことを想像して、自分はつまらない人間だなあと悲観的になっていたが、そんな自分にも固い固い殻を破ってでもお近づきになりたい人がいた。しかも、その人のおかげで自分は編集者として仕事ができているので、人生を変えてくれた人と言っても過言ではない。1回目の編集部通信で、自分のターンでは好きなことや人について語ることに決めたが、今回は人生が変わるきっかけとなった女性、「Kさん」について綴ろうと思う。
Kさんは私が前に勤めていた会社の元上司で、今はフリーランスのライターとして多方面で活躍されている。Kさんは私が音楽業界を目指すきっかけとなるくらい好きなバンド(以下Aとする)を担当されていたので、インタビュー記事やライヴレポを通じて入社前からその存在は把握していた。そんなKさんに、入社後「実はKさんとお話するのが夢だったんです」と伝えたこともあったが、「そうなんすか~」と至極シンプルな反応を返された。まあそんなものだよなと思い、そこから話す機会は特になかったが、むしろ私は安心したのだ。Kさんが書かれた原稿から、きっと誠実な人で、決してお調子者でチャラチャラした人ではない……とか、自分の中で作り上げた架空のKさん像と一致していたから。だからこそ、自分はこの人に惹かれるんだろうなとも思ったし、Kさんがたくさんのアーティストから信頼されているというのも非常に納得がいく。まさしく、自分にとって雲の上の存在だった。しかし、そんなKさんを少し身近に感じられる出来事があった。
SNSやどこかに出すわけでもなく、個人的に原稿を書いていた時、思うように書けなくて悩んでいたことがあった(今だってめちゃくちゃ悩む)。私が書く原稿は、批評や分析というより、思い100%で構成されたようなものだったのだ(今もそうかも)。ファン以外の人が読んでも面白いと思えるもの、誰が読んでも納得のいく原稿を書くにはどうすればいいのだろう……。そんなふうに煮詰まっていたある日、偶然社内で遭遇したKさんに、思い切って悩みを打ち明けることにしたのだ。当時はそこまで親しくなかったので、今思えばわりと大胆な行動だ。それだけ、切羽詰まっていたのかもしれない。いきなり相談を持ちかけたにもかかわらず、話を聞いてくれただけでありがたいのに、なんとKさんは「私が読みますよ」と言ってくださった。一瞬戸惑う私。というのも、原稿の題材にしたのは、Kさんがよく知るバンド・Aのことだったので「酷評されたらどうしよう」と少し怖くなったのだ。しかし、改善点が見つからないまま、このまま独りよがりで悩み続けるのはもっと嫌だったので、すぐさまKさんへと提出した。すると、1時間も経たないうちにKさんからメールが届いた。おそるおそる開くと、「とてもいい原稿ですね!」という一文に始まり、ポジティヴな感想やアドバイスが長文で綴られていたのだ。嬉しかった。自分の原稿でも、誰かにバンドの素晴らしさを伝えることができるのかもしれない。思い100%なりに、できることがあるのかもしれない。少し前向きになれた私は、思いきってとある媒体にその原稿を投稿してみた。すると、選考の結果、掲載してもらえることになったのだ。この日をきっかけに、私は編集者を目指すことを決意した。Kさんを通じて自分が進むべき道を見出せたこと、Kさんが自分に真正面から向き合ってくださったことは、ものすごくありがたかった。思えば、この日を境にKさんとはいろいろな話をさせてもらうようになった気がする。
「人と人は必要な時に出会う」という言葉があるが、Kさんとの出会いはまさにそれだったと思う。Kさんと出会えたことで得たものは、大きなものから小さなものまでたくさんある。Kさんには長文メールを送りがちなのだが、LINEは長文過ぎると「続きを読む」的なものをタップしないと全文表示されないことを知ったし、Kさんの薦めによって実行した人生初の海外旅行(1人でフランスに行った)で、外国人は自分が思っていた以上にフレンドリーで優しい人ばかりだと気づいた。何より、原稿を書くことや雑誌を作ることの喜びを味わうことができたのは大きい。
人見知りな性格を無理に変える必要はないと思う。でも、仲良くなりたいと思える人に出会えること自体、実はとても幸せなことなんじゃないだろうか? だから、「この人だけは」と思った人には、失敗を恐れず、勇気をもって自分から歩み寄ることが大切なんだと思う。人生はいつどういうふうに転ぶかなんて、自分の中でごちゃごちゃ考えたところで何もわからないから。
さて、Kさんへの感謝を胸に今日も仕事がんばります。
文=宇佐美裕世