秦 基博の新曲は「卒業」がテーマだという。
なぜいま卒業なのか、と問われれば、それはそういうオファーが届いたから、ということになるのだろう。本作は年始からスタートしたソフトバンクの音楽を主軸とした新CMシリーズ「SoftBank Music Project」のタイアップ曲。これまでいきものがかりやクリープハイプが登場した例のCMの最新作「卒業篇」の楽曲を、秦が書き下ろしで唄うことになったのだ。
こういうオファー先にありきの楽曲こそ秦のソングライターとしての血が騒ぐということは、もはや言うまでもなかったりする。それはこれまで彼が担当してきた数々の映画主題歌、他のアーティストへの提供曲を聴いた人ならわかるだろう。相手のオーダーに応えながらいつの間にかそれを我がものに代えている換骨奪胎の高等技術。当たり前のようにダブルスタンダードを実現させるだけでなく、最近ではさらに一歩進んで、楽曲のオファーを自分が素では絶対書かない(書けない)曲にトライするための好機、ジャンピングボードと捉えているフシもある。
つまり秦にとって〈お題〉はむしろ望むところ。幾多の名曲が居並ぶ「卒業」という枠組の中ではたして自分は何が作れるか? 高い壁を前にして、腕をぶして制作に臨んだというのは火を見るよりも明らかである。
で、その仕上がりはどうなったのか。
まずタイトル「仰げば青空」。もちろん土台にあるのは「仰げば尊し」だ。だがこのフレーズが醸し出す味わいの深さはどうだろう。仰げば、青空――旅立ちの日、天を見上げ目に飛び込んできた突き抜けるような空の蒼。一瞬で眼前を青く塗りつぶす風景感、おまけに頭韻も踏んでいる。このトリミングの精度、率直に絶妙ではなかろうか。
曲調は美しいメロディを持つミディアムスロウ。情感を引き立てるストリングス、清冽な印象を与えるピアノの響き、ラストに向けてダイナミックな起伏を描くアレンジのトータル設計……ここには秦がこれまで培ってきたテクニックが惜しむことなく詰め込まれているだけでなく、これまでの彼とはどこか異なる新しさも随所に感じられるのだ。
その中でひとつ注目点を挙げるなら、曲の冒頭からずっと鳴り続くシンセのようなシークエンスである。アコギやストリングスなど、あたたかみのある生音と同居するクールなデジタル音。昨年発表した「花」のサウンドのねらいについて秦は「有機的な音と無機的な音が融合してて、生楽器がきれいに鳴ってる」とインタビューで答えていたが、まさに「仰げば青空」でもそれは踏襲されているのだ。
この配合こそ昨年1年間かけて秦がたどり着いた今の理想の音のバランス。今年秦は『青の光景』の次となるアルバムの発表を目指している。あれから3年強――彼の生み出す新たなるワールドがいま、ゆっくりと幕を開けようとしている。
文=清水浩司
新曲『仰げば青』
2019.03.13 DIGITAL RELEASE
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