僕が抱えてる後ろ暗い気持ちと同じぐらい、お前も自分の行為が間違いだったと認めて、この後ろ暗い気持ちを抱えやがれ!って気持ちでいます
いじめられるほうも悪い、みたいな論調とかね。
「死ね!と思いますよ。こうやってそれなりに成人して、まがりなりにもデビューして、雑誌にも取り上げられて、アニメの主題歌唄っても、あの記憶は上書きできないんですよ。周囲から『見返してやったね』とか言われるけど、どこが?(笑)。なんか全然幸せじゃないし、幸せって思う瞬間があっても、その辛さを忘れさせてはくれない」
もはやそこから逃れられないんですかね?
「ないでしょうね。どれだけ趣味に没頭しても散財しても……僕、浪費癖があるんですけど。どんなに買い物をしても、書物を読みふけっても、アニメを見ても、フィギュア集めても、何も解消されないですね。物事を忘れられないタイプなんでしょうね……バナナクレープとかも」
は? バ、バナナクレープ?
「僕、めったに感情を露わにして怒ったりしないんですけど、兄と喧嘩してギクシャクしたことが1回だけあるんです。冷蔵庫に入れてあったバナナクレープを兄に食べられてしまいまして……」
はははは! よくある兄弟喧嘩じゃないですか。
「でもいまだに恨んでて。バナナクレープ盗られたぐらいのことじゃんって、今だったら思いますけど、その時、あまりにもバナナクレープに対しての比重が大きすぎて、人生で一番なんじゃないかってぐらい怒り狂ったんですよ。家のものを片っ端から壊してって」
バナナクレープがそんなことに(笑)。
「兄もドン引きしちゃって。『わかったよ。バナナクレープ、お前の好きなだけ買ってやるよ!』って言うんだけど(笑)、『そういうことじゃねぇんだよ!』って激昂して。そういう時期が高校2年生の冬ぐらいにありました。ちょうど今の時期だったかな。怒り狂いすぎて、近隣に迷惑をかけそうなぐらいになっちゃって」
想像がつかない。
「その頃母親が亡くなって、情緒不安定だったことも大きいですけど、本当にやばかったですね」
それも上書きできないんだ?
「無理ですね。兄は僕にお年玉くれたり、誕生日プレゼントを買ってくれたり、デビューしたらお祝いしてくれたり、いい兄なんですけど、バナナクレープの罪は消えないからな、って思ってます」
でもそれ、バナナクレープを食べられたから怒ってるというより、自分の大切な何かを蔑ろにされたから怒ってるんですよね。
「そうなんですよ。周囲からすればドン引きかもしれないけど、こっちにとってみたら、その些細なことが一生の傷になったり、歪みを抱えてしまうことって往々にしてあるんですよ。だから許しちゃいけないなって」
焚吐くんに音楽があってよかったって本当に思いますよ。だってこのアルバムに込められた情念や怨念は、凄まじいですもん。
「友達からも『お前、持ったのがマイクで良かったな』って言われますね(笑)」
それは笑えない(笑)。でも、死にたいくらいだけど、死にきれない思いがあるからこそ生きていなきゃ、ってことですよね。
「認められたいって気持ちが強いですね。作品がっていうより、焚吐って人間そのものを認めてほしいんです。好きじゃなくてもいいんです。極端な話、嫌いでもいい。その人のどこかに存在してる証を残したい。だから今回のアルバムは、もうぜんぶ吐き出して、共感でも嫌悪でもいいから、何らかの爪痕が、誰かの中に残ったらいいな、と思ったんです」
なるほどね。
「この曲たちを作ったところで、世に出さなければ、自分の部屋で聴きながらウフフフと薄ら笑っているだけで済むんですけど、これを世に届けたいと思ったからには、全面的に自分そのものを押し出していかなきゃいけない。恥ずかしがっている余裕もないし、顔出しもしている以上、やっぱり逃げ道を作るのは意味がないな、って。今、僕はこうして音楽に昇華できてるけど、やっぱりあの頃の経験は間違いだと思ってるし、そこを許したら人として終わりなんですよ。だから僕が抱えてる後ろ暗い気持ちと同じぐらい、お前も自分の行為が間違いだったと認めて、この後ろ暗い気持ちを抱えやがれ!って気持ちでいます」
そのいじめたヤツだけじゃなくて、みんな多かれ少なかれ、そういうやましい気持ちを抱えた人間はいるから、それが引きずり出されて、嫌な気分になると思うな。
「それを引きずり出したいですね。そういう気持ちを抱えたまま、声をあげたくてもあげられない人がたくさんいることを、僕だけじゃないってことを、よく知りましたから。ファンの方から〈言いたいことを代弁してくれた歌でした〉とか〈ずっとこういうことが言いたかったんです〉ってメッセージがたくさん届くんですよ。だから自分が代表として唄っていかないといけないんだって思ったし」
俺はたくさん音楽聴いてるほうだと思いますけど、確かにこういう歌はあまりないですからね。
「僕が音楽をやってる理由のひとつとして、自分が心から良いと思える音楽がそんなにないっていうのが大きくて。作品として綺麗すぎるものがあんまり好きじゃないんですよね。今回、ポエトリーラップもやってるんですけど、綺麗すぎるラップが好きじゃなくて。意味より音楽として綺麗なほうを優先してるラップがあんまり肌に合わないんですね」
むしろ朗読とか演説の類に近いかもしれない。
「そういうの好きですしね。100%やりきりました」
いじめだったり憎しみだったり、そういうどす黒いものを表現する音楽って、なぜあんまりないんだと思いますか?
「音楽は、人に聴かせるものという前提があるからじゃないですかね。例えば自分だけしか読まない日記だったら、好き勝手に書けるわけじゃないですか。それが遺書として残る自覚があるのかどうかわからないですけど。だけど、これは人に聴かれる作品だって自覚があるから、そこまで行ききらないんじゃないですかね」
じゃあこのアルバムは?
「聴かれる前提というよりは、自分がとにかくやりたいこと、今言っておかないと我慢できないことを重視したので、こういうアルバムになったんじゃないでしょうか。これまではちょっと、忖度してたんだと思います。わかりやすいようにとか、あんまり生々しくなりすぎないようにとか。闇の部分はほんのりエッセンスで加えて、希望に昇華させようって。でも……」
そんなんじゃねぇんだよ!ってことですよね。
「そんなのやりたくて音楽やってるわけじゃない、って気づいたんですよね。今は、もっと骨の髄までさらけだせ!って気持ちでやってます。そしたらほんと、スッキリしました」
文=金光裕史