〈夏の魔物〉という伝説を作り続けている成田大致は、今年、東京でフェスを初めて開催した。いろいろ噂だけが飛び交い、グダグダな仕切りだったことが伝わってきていたが、実際どうだったのか。アルバムも出ることだし、彼に話を聞くことにした。すると彼には、思いのほかヘヴィな出来事が起こっていた……。12月19日にリリースされるTHE 夏の魔物のニューアルバム『この部屋が世界のすべてである僕、あるいは君の物語』は、このフェスをそのまま表したような作品になっているのだが、その裏にある彼の苦悩と再生の物語を。
(これは『音楽と人』2018年1月号に掲載された記事です)
じゃあ、とりあえず近況を聞こうかな。
「近況……何もかも大変でした……音楽活動を始めて10何年。フェスを始めて10年以上になりますが……今回初めてパンクしました」
ついに!
「味園ユニバースでやった魔物フェスはめっちゃよかったんですよ。初期の魔物のまま、運営がグレードアップしたような雰囲気というか。終演後、フラカンのグレートマエカワさんに『今までいっぱいフェス出たけどその中でもかなり良かったし、魔物フェスとしても過去最高だった』って言ってもらえましたし!楽屋の雰囲気もいいし、フロアの雰囲気もいいし、内容もよかった。でも……」
じゃあお台場の魔物フェスは?
「や……これが……まず開催の1週間前……もっと迫ってたかもしれないですけど、制作とか舞台関係の人が僕の自宅に来て……(註:ここから先は、あまりにも生々しいので自主規制)」
はははは。笑っちゃいけないけど背筋がゾッとするわ!
「今までもフェスやってきて、大きな赤字になったことはあるけど、これは……となって、頭が真っ白になりました。初めて、中止せざるを得ないのかなって思って…さすがに直前すぎるので、強行開催したのですが……」
何があったんだよ。
「リクエストしてた内容のニュアンスがうまく伝わらなくて、蓋を開けてみたらほとんど反映されてなかったんですよね。あきらかに音かぶりしてしまうレイアウトのままで、何も改善されてなかったり……」
音かぶりすごかったらしいね。
「この前、チームが充実してるって話をしましたけど、充実したら周りの人が増えて……正直、自分のキャパを完全に超えていました。今回はアルバムも同時進行でやってたし、バンドメンバーの脱退とかいろんなこともあったんで、余裕がなくて詰めが甘かったところもあるんですけど……表立って責任取るのは俺なんで、出演していただいたアーティストの皆さんにはしっかり謝って」
フェスの顔だからね。でも成田くんのいいところは、そうなっても〈魔物らしいね〉ってみんなが許してくれるとこだよね(笑)
「本当はそうしたくないんですよ! でもある日突然、自宅に来られてから、気がおかしくなって。それからずっと病んでます。レコーディング以外はとにかく部屋に引きこもって、ただひたすらネットフリックスで『ウォーキング・デッド』を見てました」
でもさ、成田大致はそうでなきゃ!みたいなところあるじゃん。これが夏の魔物だよなっていう良さみたいなものがちゃんと受け入れられてると思うよ。これがさ、タイムテーブルどおりきっちり進行して、ちゃんとWi-Fiは飛んでるし音かぶりもなく、会場のドリンクも切れることなんてない……ってなると、なんかちょっと違わね?ってことになると思う。
「でも本当はそれ(ちゃんとしたフェス)がやりたいわけですし……会場のドリンクが切れるフェスって聞いたことないですよ(苦笑)」
みんなコンビニに買いに行ってたらしいけど(笑)。
「はい……(笑)。そういうのを魔物が良しとしているっていうイメージがものすごい嫌で」
だからちゃんとしたい、と。
「そうなんですよ。その半面、そういうこだわりがアルバム制作にはちゃんと影響されていて、絶対に妥協しないものを作ろうって。今回、THE 夏の魔物のニューアルバムで魔物フェスを描いた1曲があるんですけど、大槻ケンヂさんが作詞してくれたんです」
「コンプレクサー狂想組曲」ですね。いきなり〈まるで音かぶりひどいフェスさ〉っていう歌詞が出てきますが(笑)。
「で、そのまま〈責任者は自分自身〉っていう事実も歌詞にしてみました。結局、何か起こったら自分に全部返ってくるんで。だったら自分で自分をツッコまないとなって思って今回歌詞に入れてみたんです。」
しかしフェスも混沌としてるけど、このアルバムもかなりすごいね。良くも悪くも(笑)。
「なので、それを逆手に取ってみました」
尺が10分もある夏の魔物のテーマソングはあるわ、ゲストてんこ盛りだわ、成田大致がメインというよりむしろ女の子のヴォーカルがメインの曲もあるし。でもこれが、成田くんのイメージしてる〈夏の魔物〉に近いものなんだろうなって気がしました。
「西さん(越川和磨)のギターがあれば自分のサウンドになるってわかったし、考え方を柔らかくフレキシブルにして、メンバーの誰かが参加しない曲があってもいいなって思ったんです。曲を作る上で配役を考えるのもプロレスや格闘技の夢のカードを妄想する感じでいいのかな、って(笑)」
つまり、アントニオ猪木になりたいんじゃなくて、むしろ新間寿(註:プロレス界のプロデューサー的存在)になりたいっていうか(笑)。
「本音はしっかり音楽に集中したいのでそういうわけではないです(苦笑)。自分がそうなりたいわけではなくて、つねに新間寿やマルコム・マクラーレンみたいな人が現れることを求めてはいます(笑)」
でも今回のアルバムに関して言えば、むしろ全体を見てマッチメイクをする喜び、みたいな感じ?
「前は普通のバンドだったらこうするだろうとか、ルーツを辿れるようなものを作ったほうがカッコいい、みたいな考えでしたけど、今はその逆を選んでますね。あのバンドだったらこうするだろうけど、自分たちはあえてこっちを選んで新しいものを作ろう、と」
なるほど。「ミックステープ」のようなメロディがいい曲書けるんだから、こういうところももっと評価されていいと思うけど、今回はとにかく〈夏の魔物とは何か〉を表現したものになった、と。
「毎回そういう作品を目指してますが、今回はその究極系が作れた気がします」
じゃあ、最後に。来年もまた東京で〈夏の魔物〉をやりたいなと思いますか?
「先のことを考える余裕がなかったんですけど、やりたいなっていう会場が見つかったんで、東京でまたやるかもしれません」
じゃあ魔物はちゃんとアイデンティティの一部なんだってことですか。
「まあまだ気持ちは上りきれてないですけど……まずは12月25日、2年半ぶりの青森での〈夏の魔物〉を、1人でも多くの方に楽しんでもらえるフェスにするのでぜひ遊びにきてほしいです!」
文=金光裕史