自由な代わりに別のプレッシャーはあって。でも何かに縛られることなく、変幻自由に今後やっていけたらいいなって
江沼は何をやるかわかんないな、みたいな、予測不能の存在でいたいと。
「そう。今回は全部ひとりでレコーディングしたけど、サポートの人にお願いして、生で録るっていうヴィジョンもあるし、次は歌詞が一切ないかもしれないし。ライヴもこないだは3人編成だったけど、1人増えたり、1人になったりするかもしれない。そうやって何かに縛られることなく、変幻自在にやっていけたらいいなって」
楽しそうですね。
「自由ですよ。その代わり別のプレッシャーがありますけどね。それこそ、江沼郁弥名義で初めてやった、9月8日のリキッドルームのライヴでも、味わったことのないプレッシャーを感じてました」
ライヴを終えたら、どんな気持ちになりましたか?
「気持ちよかったし、達成感が全然違いましたね。次への課題も見つかったし。照明はもっと暗くてもいいかなとか」
よく見えないけど、あそこに居るのが江沼なのかな?って。
「そう。実はそれは影武者で、俺は客席から見えないところで演奏してるみたいな」
ははははは。
「でもそれくらい自由な代わりに、全責任が俺にあるから。バンドの時は他のメンバーに頼ってるっていうか、そういうわけにはいかなくなるから」
今まで1人で背負ってきたことってありましたか?
「えーと……初めてギター買った時のローンとか?」
それは背負う意味が微妙に違うけどな (笑)。
「でも社会というか世間と、音楽じゃないところで触れることは、僕にとってすべてそうなんですよね。生きてて、そんな機会があんまりないほうだから、ふと触れた瞬間、すごく傷つくんですよ」
曲聴いてて、この時代を生きるのが大変な人だな、って改めて思いました。
「生きにくいですよ。でもそれを作風にするのもいいかな、と思ってるんですよね」
というと?
「あんまり言うとネタバレになるからやめときます」
さわりだけ!
「うーん、まだぼんやりとした感じではあるんですけど、自分自身のフィルターを通して現代を模写するとどうなんのかなって。〈オバケ〉になりたい。そう思って」
オ、オバケ?
「俺の存在がオバケっぽいっていうか。オバケって念の塊じゃないですか? 歌にすごい念があるけど、その正体はぼやっとしてる。そういうイメージ。それは自分の性格もあって。俺、別に目立ちたいわけじゃないんですよ。ステージにいなくてもいいもん。人前に出たいとか目立ちたいとか、そういうのじゃないんですよね」
曲に自分を出そうとするわけじゃなく……。
「それもピュアに音楽を作るってことに繋がるんですけど、自分がどうこうじゃない、音楽としてただ圧倒的であればそれでよくて。俺がどうなのかは興味がないし、あんまり持ってもらいたくない。plentyの時はplentyとしてのストーリーの中にいる俺を描いていたけど、今回は江沼郁弥だけど江沼郁弥じゃない。そのほうが自分にとってはリアルだし、そんな時代のような気もしてる」
だから〈オバケ〉になりたいと。
「後味っていうか、感覚的なところでの話なんですけど。で、こないだユーミン(松任谷由実)のインタビュー読んでたら、全然言葉は違うけど、同じようなことを話してて、嬉しかったんだよな」
どんなことを言ってましたか?
「〈私が目標としてるのは、曲が詠み人知らずになること〉って。それはすごくわかるなって。別に江沼郁弥って名を残したいんじゃなくて、今はいい曲、いい音楽を残したい。誰が作ったのかわかんないって素敵じゃないですか。ロマンチックだし、聴く人を縛り付けない。そう考えてたら、自分自身が江沼郁弥らしさというものにとらわれてたのかもしれない。それをなしにしても俺は曲を作れるのか……その挑戦ですよ。もちろん誰も喜ばないものを作ろうとは思ってないし、誰かを喜ばせたいけど、急いでないし、焦ってない。ちゃんとみんなに愛されたらいいなとは思ってる。でもそれは俺じゃなくていい。曲が愛されれば」
なるほど。でもそうなればなるほど、唄うテーマは明確になってきそうな気がするな。
「それはたぶんね〈怒り〉になってくる気がします。このアルバムの歌詞にもそれは出てますけど、俺は喜びで物を作るタイプじゃないんでしょうね。こないだ30歳になって、〈少しは落ち着いていくのかな?〉って思ってたんですけど、日に日に怒りが増大していくんですよ」
増大(笑)。
「やっぱ怒りのエネルギーって、すごく強いんだなって思うし。そういうのが溜まり溜まって、ポンと曲になっていくというか」
江沼郁弥の音楽に見え隠れする狂気の正体って、きっとそれなんだよな。とにかく戻ってきてよかったです。こうやってアルバムを完成させて、いよいよ自分は音楽を一生続けていく人間なんだなって思ったんじゃないですか?
「うん、続けるんだなってなりましたね。やっぱそれ以外に楽しいと思えるものがなかったし、自分が正解だと思える……正解っていうか納得いくように生きていこうって思ったら、また唄って曲作ってる自分がいて。だからきっと自分が死ぬまでやっていくことなんでしょうね」
でもソロ始動がライヴっていうのも、昔の君を知ってる人間としては、ちょっと意外で驚いたけど。
「でもね、plentyの最初のライヴとか、もちろん高校生の時だけど、ライヴ嫌いだなー、やりたくないなーってところからスタートしたけど、今回はそれがないから。ライヴに対する考えも別物になってるんじゃないかな。次のライヴ、観に来てくださいね」
もちろんです。
「真っ暗かもしれないけど」
あはははは。
「赤外線ゴーグル持ってきてください(笑)」
文=金光裕史
撮影=岡田貴之